技術の進歩によって、意外な食べ物の相性のよさが分かってきた。


 人の感覚に頼っていた味の評価が、「味覚センサー」によって客観的にできるようになってきた。社会の変化にともない、これからは消費者の多様なニーズに応じた食品の開発が求められる。味覚センサーはそれを実現する重要なツールになると期待されている。

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減塩、低糖質・・・食の好みは多様化

 少子高齢化や単身世帯の増加、女性の社会進出など、社会の変化にともない食のマーケットが多様化している。外食や総菜などの「中食」を利用する人が増え、食の簡便化や外部化が進んでいる。あらゆる世代や地域の嗜好に合わせた食品やサービスを開発することが必要となった。

 たとえば、コンビニエンスストアでは、地域に合わせておでんのだしや具を変えることは当たり前になっている。セブンイレブンではおでんのみならず、総菜の味付けも地域に合わせて変えている。今後も多様な嗜好に合わせた製品開発はもっと広がるだろう。

 高齢化を背景に健康志向も高まるばかり。減塩食品や低糖質食品などが次々に発売されているし、高齢者向けの介護食などの市場も拡大している。これらは単に健康によいとか栄養があるというだけでは売れず、おいしいことも重要となる。菓子メーカーのシャトレーゼでは「アレルギー対応ケーキ」や、糖尿病患者などのための「糖質カットのお菓子」を開発している。これらは小麦粉や砂糖、卵など本来の材料を使わずに通常品と同様の味わいを実現している。

「製品を作れば売れる時代は終わりました。これからは消費者のニーズに合わせ、多様なものをつくらなければ売れません。そのためには、商品開発の戦略が必要です」

 こう話すのは味覚センサー事業を展開するインテリジェントセンサーテクノロジー(神奈川県厚木市)社長の池崎秀和さんだ。九州大学大学院の都甲潔主幹教授とともに25年以上かけて味覚センサーを開発してきた。

味を測る“ものさし”を開発

 味覚センサーとは、味覚を測定する装置である。人間の舌を模倣した人工の脂質膜と電極でできたセンサーを試料に浸した後、膜で起こる電位の変化量を測定する。これにより食品の味を数値で示すことができる。味覚センサーは、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、渋味、それに後味を測定することでコクやキレ、さらに味の相互作用を評価できる。また得られた数値データをグラフにすることで食品の味の特徴を表現することもできる。

 味覚は、食べ物に含まれている味物質を認識することで引き起こされる感覚だ。複雑で感じ方の個人差も大きいので、客観的な評価は難しいと考えられてきた。

「優れた感覚をもつ検査の専門家でも、多様な味の好みにすべて対応することはできません。そこで、味を客観的に評価できる共通のものさしが必要と考えたのです」と池崎さんは話す。

味覚センサー「TS-5000Z」。(画像提供:インテリジェントセンサーテクノロジー)


 これまで、食品メーカーは人の官能による評価を頼りに味を決め、製品を開発してきたが、それには手間もコストもかかる。

「もちろん官能評価は必要ですが、味覚センサーで目標とする味を数値化すれば、それを指標にすればいいので開発にかける時間やコストを削減できます」

 先に挙げた糖質をカットしたお菓子の開発にも、味覚センサーが使われている。たとえば、どら焼きは通常品と材料が全く違うので、これまでの製造の経験や勘を生かすことは難しかった。そこで、味覚センサーで測定した通常品の味と比較しながら試作が行われた。

「コーヒーの開発にも味覚センサーが使われています」と池崎さんは続ける。

 まずは専門家や開発担当者がコーヒーの味を決め、その味をセンサーで測定しておく。また、コーヒー豆の種類や豆の焙煎具合などを変えたときのコーヒーの味も測定し、さらに価格も入れてデータベース化しておく。そうすれば、味は目標通りで、価格を下げたブレンドを計算で見つけることができる。コーヒー豆の味や価格が変動しても、常に目標通りの味で、かつ、コストを抑えた設計を計算から導き出すことができる。

味覚センサーを使って味を設計

 味覚データを分析すると、年齢や地域によって嗜好性に差があることが示された。たとえばレギュラーコーヒーでは、熟年層は酸味の強いタイプを好むが、若年層は苦味の強いタイプを好む。若者はスターバックスに代表される苦味タイプのコーヒーに慣れており、一方の熟年層は、喫茶店で酸味を楽しむコーヒーに慣れていると業界では推定されている。

 また、麺のだしでは、関東ではコクが強いタイプが好まれるが、さぬきうどんをよく食べる地域ではうま味の強いタイプが好まれることが分かった。これらの分析結果は、自分がおいしいと思ったものが必ずしも受け入れられるとは限らないことを示している。

 味覚センサーのデータを使えば、多様なニーズを絞り込んだり、ターゲットに合わせて味を設計したりすることができる。「工業製品などの開発では製品のシミュレーションは当たり前に行われていますが、食品開発ではまだ行われていません。味覚センサーがあればシミュレーションが可能になります」と池崎さんは説明する。

意外な組み合わせが次々と

 味が客観的に示されれば、私たちが製品を購入する際にも役に立つ。

 イオンでは、ワインの通販サイトに味覚センサーの分析値のグラフをソムリエのコメントともに掲載している。グラフの形を比べればワインの味の違いが一目で分かる。好みのワインを探すにはグラフの形が似たものを、また、違う味わいのものを楽しみたければグラフの形の異なるものを選べばよいというわけだ。

「島根県では、味覚センサーのデータを地元の名産品のパンフレットに掲載して、製品の特徴を紹介しています。関東や関西の流通小売りのバイヤーに製品の特長が分かりやすいと好評です。客観的なデータがあると製品の味を効果的に伝えることができます」と池崎さんは言う。

「肉料理には赤ワインが合う」とよく言われるが、味香り戦略研究所(東京都中央区)の研究により、その理由が味覚センサーの測定から明らかになった。赤ワインの渋味は肉のうま味を洗い流す効果があるために、肉をおいしく食べ続けることができるのである。

 ほかにも、広島県の食品工業技術センターでは、地域特産品であるお好み焼、焼きがき、かきフライ、もみじ饅頭に合う日本酒の開発に味覚センサーが活用されている。また、イカのするめも白ワインより日本酒と相性がいいことが、同じく広島県にある酒類総合研究所によって示された。

 こうした食べ合わせを味覚センサーで検証していくと、相性のいい食べ物の組み合わせのパターンが分かってくる。食べ物の味わいを分類していき、同じパターンの組み合わせや補完しあうパターンの組み合わせの食べ物は相性がいいのである。塩鮭と酸味の強いコーヒーの相性がいいなど意外な組み合わせが、ユーシーシー上島珈琲の成果として見つかった。

「味物質の種類は多く、食べ方により組み合わせもさまざまなので、高精度な測定にはまだ改良が必要」と池崎さんは言うが、複雑な味を客観的に評価できるようになったのは大きな進歩だ。その成果は製品開発に応用できるばかりでなく、味覚の理解につながってきたことは興味深い。

 近年、味覚の生理的な解明も進んでおり、その知見と合わせて味覚センサーがどのように発展していくのか、今後が楽しみだ。

筆者:佐藤 成美