【恋する歌舞伎】第25回:芸術に魂を売った男。瀕死の娘を前に父がとった驚きの行動とは…

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日本の伝統芸能・歌舞伎。興味はあるけどちょっと難しそう、わかりづらそう…なんて思ってない? 実は歌舞伎は恋愛要素も豊富。だから女子が観たらドキドキするような内容もたくさん。そんな歌舞伎の世界に触れてもらおうと、歌舞伎演目を恋愛の観点でみるこの連載。古典ながら現代にも通じるラブストーリーということをわかりやすく伝えるために、イラストは現代風に超訳してお届け。

今回は、八月歌舞伎座で上演中の『修禅寺物語(しゅぜんじものがたり)』に注目します!

◆【1】「いつか王子様が」を信じる長女の元にやってきたのは、本物のプリンス!


ここは伊豆の修禅寺村にある面作師(おもてつくりし)・夜叉王(やしゃおう)の家。
妻は亡くなり、忘れ形見の姉妹が父の仕事を手伝い暮らしている。
姉妹といえども性格は真逆で、姉の桂(かつら)は上昇志向が高く、いつかは高貴な人に奉公をして、優雅な日々を送ることを夢見ている。
反対に妹の楓(かえで)は現実主義で、父の弟子の春彦と結婚し、父親に似て職人気質なところがある。

ある日この家へ、源頼家(よりいえ)が家臣を連れて訪ねてくる。
高貴な身分の頼家が人里離れた村に自らやってきた理由は、半年前、夜叉王に「自分の顔に似せた面をつくれ」と命じたが、何度催促しても未だ出来上がってこないからだ。
完成しない理由を尋ねると、
「昼夜となく必死に面を打っているが、納得できる面が出来上がらず、作っては壊しを繰り返している」
と答える。
埒が明かないので、家臣が完成の期日を迫ると、
「面というのは技術だけでは完成せず、自然と力が湧き出るまでひたすら待つしかないものなので、期日は決められない」
と言う。
それを聞いた頼家はもともと短気な性格もあり、遂には夜叉王に向かい刀を抜こうとする!

◆【2】夢に描いたシンデレラストーリーの始まり!反面、苦悩する父。


そこへ進み出たのは長女・桂。彼女が差し出したのは、昨日父が打ち上げたばかりの面であった。
これを見た頼家は、あまりに素晴らしい出来栄えに感嘆の声を上げる。
しかし夜叉王いわく
「この面には死相が出ているのでとても献上できる代物ではない」
と言い、これまで打ってきた面も同じく、死相が出ていたため差し出せなかったと明かす。
しかし頼家はこの面が気に入り、更には桂のことも見初めたため、自分に仕えるよう命じる。
願ってもみなかった申し出に驚き、喜んで受け入れる桂。
早速、頼家は桂を伴い、修禅寺の御座所(高貴な人の居室)へ向かう。

一方、なんと拙い面を頼家様に献上してしまったのかと、後悔のあまり呆然とする夜叉王。
自分の作品を打ち壊しながら
「もう二度と面を打つことはない」
とまで宣言するのだった。

◆【3】二人の穏やかな時間はほんの束の間。これから起きる嵐の前の静けさだった。


修禅寺の清流、桂川のほとりで、頼家と桂が仲睦まじく歩いている。
桂は、実は頼家と以前にも会ったことがあり、その時に自分の名がこの川と同じだと言われたことなどを話し、見出された喜びを顕にする。
頼家はそんな桂を愛おしく思い、「若狭の局」という名を与えるとまでいう。
この名前は、頼家にとって特別な、今は亡き愛妾の名であった。
二人は心を通わせ合い、こんなに穏やかな気持ちでいられるのならば、このままこの地で静かに暮らしたいとこぼす。

しかし平穏な時間は続かない。
辺りが暗くなった時に、怪しい影が近づく。
その正体は、北条氏に仕える金窪兵衛行親(かなくぼびょうえゆきちか)。
冷静に話し合いをするように見せかけているが、実は夜討ちを仕掛けようとやってきたのだ。
行親が桂の存在に気づき、何者かと問うと
「若狭の局の名を与えられた者で、卑しい身分ではない」
と主張する。
それを聞いた行親は、父上にも相談せず勝手な振る舞いをして!
と頼家を責める。
その言葉を意に介さず、頼家は桂と共に立ち去るのだった。

◆【4】娘の命と芸術家としての成長を天秤にかけた父。常軌を逸したその行動とは。


楓の夫・春彦は偶然、頼家公の夜討ちの密談を木陰から聞いていた。
急いで頼家の家臣にこのことを伝えに行くが、そのとき敵の軍勢が打ちかかってくる!

「御在所に夜討ちがかけられた」という情報を聞き、家で夫と姉の安否を心配する楓。
やがて春彦は帰ってきたが、頼家や桂たちの安否はわからないとのこと。
しかし悪い予感は的中し、桂が手負いで帰ってくる。
しかも不思議なことに、桂は夜叉王が打った面をつけた姿であった。
桂は頼家にそっくりなこの面をつけることで身替りとなり、敵の目を欺こうとしたのだ。
虫の息となった姉を泣きながら介抱する楓。
しかし父の夜叉王は、動揺をみせず、娘の死に際に「姉も定めて本望であろう。
父もまた本望じゃ」と意外なことを言う。
そして「自分が打った面に死相が現れていたのは、頼家の運命を予言していたのだ!」と、神がかった己の才能に陶酔する。
そればかりか「面の下に現れた若い娘の断末魔を、後の手本として残したい」と、スケッチを始める…。
異常なまでの芸術への執着心が、父性も正常な判断をも消し去ってしまったのだろうか。
魂を抜き取られたかのように、瀕死の娘の顔を描き続ける夜叉王なのであった。

◆『修禅寺物語(しゅぜんじものがたり)』

明治四十四年(1911)年東京明治座初演。岡本綺堂作。頼家の仮面は、その由来など詳細は不明だが、今も修禅寺の宝物として保管されている。綺堂はこの仮面にインスピレーションを受け本作を発表し、劇作家として地位を不動のものにした。

(監修・文/関亜弓 イラスト/カマタミワ)