放送作家と小説家なぜ兼業?

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放送作家はテレビやラジオなどの企画を立てたり、台本を執筆する仕事です。放送メディアの発達とともにあらわれた仕事だといえます。この放送作家は、初期に活躍していた人物は、のちに小説家となる人が多くいます。野坂昭如、永六輔、青島幸男などが代表的でしょう。さらには藤本義一や、井上ひさしなども放送作家と作家を兼業していた人物として知られます。さらには34歳で亡くなった純文学作家の山川方夫も放送台本を執筆していました。なぜ、彼らは放送作家兼小説家というべき存在になったのでしょうか。

限られていた?

テレビ放送がはじまったころ、放送作家のような仕事は現在のような専門学校や、養成スクールを経由してなるものではありませんでした。文章が書けそうな人にちょこっと依頼するといったアルバイト的な感覚が主流だったようです。さらにテレビ局やラジオ局に就職する人間は文学部出身者が多くいました。いまでこそ、こうしたマスメディアの産業は花形の仕事ともいえますが(とはいっても近年は再びそうしたイメージはなくなりつつあります)、当時は目立たない仕事でした。もっと給料が良い仕事、花形の仕事があったわけです。そこで就職がない文学部出身者が放送局などに就職し、大学の友人で作家となっていた人物や、作家の卵といえる人物たちにアルバイトを依頼するようになったわけなのです。当時はそれほど放送産業そのものの規模も大きくありませんでしたから、そうした身内で仕事を回し合うようなことができたのでしょう。