会議にお菓子を持ち込んだほうがいい理由

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■部門間の壁を取り除き、人の交流を促せ

近年、多くの職場でイノベーションにつながる業務が求められるようになっています。イノベーションの本質は「新結合」、すなわち、今まで結びついていなかったもの同士を結びつけることです。企業活動で言えば、新たな製品やサービスを開発したり、新規顧客を開拓したりすることがイノベーション業務に当たります。企業活動は、こうしたイノベーション業務と、既存顧客のメンテナンスや定型業務などのオペレーション業務に分けることができます。

従来、多くのワーカーはオペレーション業務中心で、イノベーション業務は主として研究開発部門などの限られたワーカーが担当するものでした。なぜなら、かつてのようにモノをつくれば売れた時代(需要拡大局面)は、計画的・効率的に生産することで価値を生み出してきたためです。しかし、今日のようなモノ余りの時代(需要縮小局面)には、ただ効率を追求するだけでなく、ほかにはない新しいモノを創り出す必要があります。そのため、かつてはオペレーション業務が中心だった企業も、イノベーション業務に積極的に取り組まなければならなくなってきたのです。

では、イノベーションにつながるようなアイデアは、どうすれば生み出せるでしょうか。一人で頭をひねって考えても、アイデアは生まれにくいものです。そこで重要になるのが、人と話をすることです。対話をすることで、自分の枠を超えた発想が生まれるからです。最近話題の「デザイン思考」も、社内だけで考えるのではなく、顧客と対話しながら一緒に課題を発見し、解決方法を導き出す手法です。

対話をする相手に適しているのは、どのような人でしょうか。言葉や文化、価値観など、互いに共通する背景が全くなければ、対話は広がりません。逆に、同じ学校で同じ勉強をして、同じ職場で似たような体験をしている人だと、重なっている部分が多すぎて、一人で考えているのとあまり変わりません。したがって、出身校は同じでも専攻が異なっていたり、同じ会社でも部門が異なるなど、半分同じで半分異なるくらいの人と対話することが、イノベーションを生み出すためには有効でしょう。共通の体験がベースにありながら、異なった知識を持つ人同士が対話をすることで、これまで結び付いていなかったものが結び付き、新たな価値が生まれやすくなります。そのため、昨今では、部門間の壁を取り除き、人の交流を促す企業が増えています。

■なぜ会議にお菓子を持ち込むのか

私が研究のベースとしている知識創造理論では、言葉にしにくい暗黙知を言葉で表現できる形式知に変換し、さらに形式知を暗黙知に変換することを繰り返すことによって、知識創造が促されます。そのプロセスは、暗黙知を共同体験することによって共有・共感する「共同化」、その暗黙知を翻訳して言語化する「表出化」、その形式知を組み合わせて体系化する「連結化」、形式知を実践を通じて新たな暗黙知として理解する「内面化」の4つのモードから成ります。この知識創造プロセスが起こるのが、「場」です。

イノベーションを起こすには、「場」が必要です。よく、「場を変える」「場が温まる」「場がしらける」などと言いますが、この「場」とは、場所や空間とは異なり、人と人との関係性を表しています。人と人がいて、言語化されていない暗黙知(文脈)が共有されていることが、「場」が生まれる条件です。「場」は「共有化された文脈」(シェアード・コンテクスト)と言い換えることもできます。

よく、「わが社はクリエイティブな場をオフィスの中につくりました」という話を聞きますが、実際にそこに人が集わなければ、そこは場所・空間にすぎず、「場」とは言えません。

このような「場」をつくりやすくするためのコツがあります。1つは、食べ物や飲み物を用意することです。昼食を一緒に取るのもいいでしょう。知り合いのある企業の部長さんは、「お菓子のない会議はやらない」と公言して自らお菓子を持ち込んでいます。食べ物や飲み物はカジュアルな雰囲気を演出し、対話をしやすくする効果があるためです。また、卓球台やビリヤード台などの遊具も対話を促す効果があるようです。「場」では、思いついたことを、すぐ口に出せることが大切であり、そのためには、堅苦しくないほうがよいのです。こうした小道具も、「バウンダリーオブジェクト(境界にある対象物)」のひとつです。人と人との間には境界がありますが、こうした小道具がきっかけとなり、ある物事を共有することで、境界を超えた交流が起こりやすくなるのです。昨今、社員旅行や運動会に復活の兆しがありますが、体験を共有することで「場」をつくりやすくするという意味では、こうしたイベントも有効でしょう。

■一見無駄に思えることが必要な理由

イノベーションを起こすために、社内だけでなく、社外のアイデアや技術なども積極的に取り入れていくオープンイノベーションの取り組みが広がっています。その観点で、私が注目する事例を2つ紹介しましょう。

1つは、富士通デザインが2014年に開設した「HAB-YU platform」です。オープンイノベーションを行うための場所をつくる企業は数多くあるものの、この施設がユニークなのは、歩いていけるすぐ近くにDIY工房を併設していることです。そのため、何かいいアイデアを思いついたら、すぐに製品のプロトタイプをつくることができます。対話の中で、せっかくいいアイデアが生まれても、そこで途切れてしまうと、そのときの熱は冷めてしまうことが多いものです。「鉄は熱いうちに打て」と言いますが、アイデアが生まれたら、そのまますぐに形にしてみる、という流れが大切だと思います。

もう1つは、富士ゼロックスの「お客様共創ラボラトリー」です。同社は10年、それまで分散していた研究開発拠点を1カ所に集約し、そのビル内に、顧客企業との共創によって新たな価値を創造するための場として同ラボを開設しました。ラボでは、富士ゼロックスの実践事例をもとに、顧客との対話を通じて経営課題を明らかにし、新たなビジネスの創出を目指します。

このラボで注目している点が2つあります。1つは、各参加者がタブレット端末で電子的な付箋に意見を書き込み、それを電子ボードで共有できるようなツールを取り入れていることです。複数の人が集まって議論を行う場合、発言は特定の人に限られてしまう傾向があります。しかし、このツールを利用すれば、発言していない人も意見を出すことができ、その中でいいアイデアがあれば、ファシリテーターが取り上げて膨らませることができます。

もう1つは、顧客との共創でいいアイデアが生まれたときに、上階からその内容に詳しい研究者を呼んで議論に参加させることができる点です。富士通のDIY工房もそうですが、生まれたアイデアをすぐに具現化できるような機動力(アジリティ)が、イノベーションを実現するうえでのポイントと言えます。

イノベーションの素となるアイデアは、いつ生まれるか予測することはできません。その機会を逃さないことが、イノベーション業務では重要になります。そのためには、他部門や社外の人と積極的に対話するなど、一見無駄に思えるようなこと(冗長性)が必要になります。オペレーション業務では、物事を計画的に進めて、無駄を省くことが重視されてきました。しかし、イノベーション業務では、その考え方を改め、さまざまな人と対話の「場」をつくり、そこから偶発的に生まれたアイデアを形にしていくことが大切です。

(東京工業大学工学院経営工学系准教授 妹尾 大 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)