「下世話な記事が多すぎる」「PV至上主義ではないのか」――。ネットメディアの先頭を独走する「東洋経済オンライン」に対し、他でもない社内から疑問の声が沸き上がっている。急成長の死角はどこにあるのか。内部証言を元に今後のメディアのあり方を検証した。(「週刊文春」2017年8月17・24日号より転載)

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「いまの『東洋経済オンライン』に対して多くの社員が幻滅しています。オンライン編集部内はPV(ページビュー・ページの閲覧数)至上主義で、PVを獲得するために貧困、風俗、セックス、婚活など、経済とかけ離れた記事を数多く配信している。もはや東洋経済という冠を付けるのが恥ずかしい状態に陥っているのです」

 こう告白するのは東洋経済新報社の中堅社員だ。

 東洋経済新報社は雑誌「週刊東洋経済」や「会社四季報」等を発行する経済出版社。創業は明治28年と歴史は古く、同社は高橋亀吉(経済評論家)や石橋湛山(元首相)など数々の大物言論人を輩出したことでも知られている。


左:高橋亀吉(経済評論家)/右:石橋湛山(元首相) ©文藝春秋

 この老舗出版社の中で近年躍進を遂げているのがネットメディア「東洋経済オンライン」(以下、「オンライン」)だ。1ヶ月当たりのサイトPVは2億超と大手新聞社のWebサイトすら凌駕するレベルにまで急成長。売上高も「年間、10億円を大きく超える」(社員)と同社のドル箱メディアの1つとなった。経済誌ネットメディアとしてはトップを独走し、多くのマスコミから注目を集めている。

 現在の山田俊浩編集長はフジテレビの情報番組「とくダネ!」やネットテレビ局の「AbemaTV」などにコメンテーターとして出演。武政秀明、吉川明日香両副編集長もメディアに引っ張りだこだ。

 前出の中堅社員が語る。

「山田編集長は事あるごとに『うちは硬派なメディア』と公言しています。しかし、その内実はサイトを少し覗くとわかるように、下ネタ記事、貧困ネタの記事のオンパレードなのです」

 いま「オンライン」では何が起きているのか。

 ここに小誌が入手した東洋経済新報社の内部資料がある。〈週間TOP20ランキング〉と題されたペーパーだ。ここには記事の人気ランキングとPV数が記載されている。たとえば〈2017/7/10〜2017/7/13〉のベスト3は次の通りだ。

1〈妻からも見放された34歳男性派遣社員の辛酸〉(PV1,353,427)

2〈独身女性が48歳でAV女優デビューした理由〉(PV885,365)

3〈「親が貧しい子」は勉強でどれだけ不利なのか〉(PV821,426)

 トップ20を見ても経済記事は4、5本だ。他の週のランキングを見ても安定して下ネタ、貧困、ライフネタ記事などが上位を占めている。

 前出のランキング2位となった「独身女性が48歳でAV女優デビューした理由」は、同サイトで長く人気を保っている定番記事だ。

「『オンライン』の記事を『ヤフー』などに配信した場合、この記事を『関連記事』としてリンクさせることが多いのです。ウチの記事がヤフーニュースのトピックス欄(通称ヤフトピ)に取り上げられても、PVはヤフーにカウントされる。そこで『関連記事』というリンクを付けて読者を東洋経済オンラインに誘導する。AVなどの下ネタ記事を『関連記事』に指定し、PVを稼いでいるのです」(若手編集者)

「オンライン」関係者によると「下ネタや貧困記事は山田編集長自ら力を入れているコンテンツ」だという。

「たとえば『売春で学費を稼ぐ貧困女子大生の悲しい現実』、『スマホ販売員が風俗で働かざるをえない事情』という記事のように、貧困を風俗と結びつけることでヒット記事に仕立て上げる手法をよく使う。下ネタ記事もよく読まれていて、『「不倫相手」に選んではいけない人の共通点』、『40歳代の不倫、避妊しないと生じる深刻問題』等の記事もあれば、『性のさいはて、老女潮吹きストリップの衝撃』という目を覆いたくなるような記事まで配信されています」(同前)

 実はこれまでも「オンライン」は常にそのアイデンティティが問われてきた。

 2012年、前編集長の佐々木紀彦氏の下で、「オンライン」は企業の業績予想記事を中心としたスタイルから大幅なリニューアルを敢行。それまで大半を占めていた「週刊東洋経済」からの転載を減らし、オリジナル記事を中心に配信するようになった。それによって同サイトのPV数は約50万から5000万前後へと飛躍的にアップしたのだ。

「当時の佐々木氏は、『社内記者が書く経済記事は読まれにくい』として、外部筆者による下ネタなどの世俗ネタを採用し、PVを稼ぐ方針を取っていた。この時代から経済メディアらしからぬ記事構成やPV至上主義が始まったのです」(当時のスタッフ)

「記者が主役」の現実


山田編集長の下で急成長(東洋経済オンラインHPより)

 スタンフォード大学留学経験を持つ佐々木氏は同社では異色の存在だった。

「30代で編集長に抜擢された佐々木氏は、会社のバランスにとらわれず、自らのセンスで勝負するタイプ。14年7月、佐々木氏は東洋経済新報社を退社し、ネットメディア『ニューズピックス』編集長に転身した。その後任に選ばれたのが一世代上の山田氏だったのです」(同前)

 山田編集長は早稲田大学卒で現在46歳。「週刊東洋経済」の記者時代は、通信業界などを担当し、エース記者として名を馳せた。

「編集長就任後、山田さんは『記者が主役』と宣言。社内の全記者の顔写真を撮影して署名顔出し記事を作るという構想をぶち上げました。また『硬派なニュース、もっと読もう!』という広告キャンペーンも展開。敏腕記者が編集長になり、『オンライン』が、『骨太な経済メディア』へ生まれ変わると、多くの記者から期待が寄せられた」(前出・中堅社員)

 実際に山田編集長は“結果”を出した。レイアウトの見直し、コラム記事の整理やSNSの投稿によるPR活動など、「オンライン」の環境整備を合理的に進め、更なる急成長を実現させた。特に他メディア等から無料コンテンツの提供を受け、効率的にPVを稼ぐ手法が大きな成果を挙げた。17年6月には2億2509万PVと過去最高記録を達成。佐々木編集長時代の4倍強までPVを伸ばした。

 だが、こうした成長軌道のなかで、「記者が主役」との当初のポリシーが置き去りになったという声が社内から伝わってくるのだ。

「オンライン」では、下ネタ、ライフ記事などは外部ライターが執筆し、経済記事は社内記者が執筆するという体制が取られている。

 同社では各業界に担当記者が配置されており、幅広い取材が可能だ。しかし、「オンライン」で同社記者が執筆した記事が注目を集めるケースは少ない。

「長時間の取材をした骨太の記事を『オンライン』に出稿しても、30分も経てばトップページから消えてしまう。社屋2階にある週刊東洋経済編集部でも『オンライン』のPVが公開されており、50万PVを超えた記事は花丸がついたりする。記事の中身よりどれだけPV数を稼げるかが記者に問われている。営業マンのノルマ争いをさせられているような空気に辟易としている記者も少なくありません。『AV関連の記事が300万PVで桁違いにすごいよ』などという会話を社内で聞くと、当然、記者の士気も低下してしまう」(同前)

 記事のクオリティにも問題があると指摘するのは、別の中堅社員だ。

「10億PVを目指せ」

「6月にアップされた『さっぱり貯金できない人は「節約」が足りない』という記事では、月収13万円のシングルマザーが6年で1000万円を貯めたという内容を紹介している。ところが月収を全部貯金しても936万円にしかならない。

 また扇情的なタイトルで炎上するケースもあります。最近では、8月1日に配信された『ビールで「太らない」「酔わない」ためのコツ』という記事が問題になった。『ツマミを選べば太らない』などという当たり前の内容なのですが、ビールでダイエットができると勘違いさせるようなページの作りになっています」

 確かに多くの人々に読んでもらうために刺激的な記事を掲載することはあるだろう。ただし当然ながら内容が事実であることが大前提だ。DeNAのウェルクが掲載した健康記事の問題は記憶に新しい。


資料からもPVを重要視していることが分かる 禁無断転載/文藝春秋

 ITジャーナリストの津田大介氏が解説する。

「読者にクリックさせるような“釣り”見出しや、炎上記事でPV数を上げることはできますが、中長期的に見ればブランド力を下げる。社名を掲げている『東洋経済オンライン』がこうした手法を多用すれば会社全体のブランド価値を下げてしまう危険性があります」

 なぜ、このようなリスクを冒してまでPVを追い求めてしまうのか。前出の「オンライン」関係者が語る。

「『オンライン』は、ネット広告によって収入を得るビジネスモデルだからです。PV数が増えるほど広告を表示する広告枠も増え、収入も増える。『週刊東洋経済』など紙媒体の苦戦もあって、会社として『オンライン』の広告営業に力を入れるようになった。2億PVの効果は営業面では絶大で、上層部からは『次は4億PVだ。10億PVを目指せ』との号令が編集部に飛んでいる。記事内容を度外視し、PV至上主義に走らざるを得ない『オンライン』編集部は、社内では“PVの奴隷”と囁かれています」

 だが、こうしたPV至上主義も分岐点を迎えるはずだと指摘する声もある。広告担当社員が語る。

「うちの営業はクライアントの企業に対し、『東洋経済オンラインの読者モデルは、39歳の係長〜部長で、預貯金2000万以上のハイクラス』と説明しています。しかし、これはあくまで自社申告の数字です。下ネタ記事を好む読者が本当にハイクラスなのか、つまりクライアントの望む読者と実際の読者層が乖離しているのではないかという疑問の声はあります。実際、記事の内容を理由に広告主から出稿を断られてしまうケースもあります」

「オンライン」の躍進は、不況に喘ぐ出版業界の中で明るいニュースとして取り上げられることが多い。しかし今回取材に応じた多くの社員が記者としての葛藤を打ち明けた。

 ベテラン記者が嘆く。

「世論に反しても正しいことを言う。これが石橋湛山に象徴される東洋経済で語り継がれてきた言論の歴史です。『オンライン』のラインナップを見ると、そうした歴史を捨ててしまったのかと感じてしまう。『PV達成パーティー』が開かれたと聞くと、白けた気持ちになりますよ」

「オンライン」の山田編集長に日本橋の本社で話を聞いた。

――「オンライン」は何を目指しているのでしょうか。

「あちらは有料なのでビジネスモデルは違いますが、日経電子版に少しでも近づきたい。3、4億PVを目標に掲げています」

――今後もPV優先が続くのでしょうか。

「それは違います。『PV重視で何でもあり』ではありません。楽観的すぎるかもしれませんが、業界全体が伸びているから自然増で1億PVは伸びると思っている。残りの1億PVは、漫画や動画などの新しい表現で増やしていきたい」

――「PV至上主義に陥っている」、「PVの奴隷ではないか」との声が社内から上がっています。

「そういうご指摘は真摯に受け止めます。もちろん価値が高く、数多く読まれる記事をまず目指します。次に大事なのは、よく読まれる記事。3番目は読まれないけど価値が高い記事です。

 記事の本数は経済記事が多いんです。ただビジネスとして成立させるため、また経済系記事も読んでもらうために、より多くの人に読んでもらえる記事を入れないといけないと考えています。出版社の部数優先、テレビ局の視聴率優先と同じ話だと思います。ただ記者が書いた記事のPVを社内で公表しているのは止めるべきだと思っています」


東京・日本橋にある本社

――御社がクライアント企業に説明する読者層が、実際と乖離しているのではないかという指摘があります。

「読者調査は、楽天リサーチなどの外部機関に依頼しているので、実際の読者層との乖離はそれほどないと思います」

――就任時に「硬派なニュース、もっと読もう!」というテーマを掲げていた。しかし経済とかけ離れた軟派な記事が多すぎるとの声も社内からは聞かれます。

「お恥ずかしい話なんですが、『金持ちになるためにはどうすればいいか』というライフ・マネー系のネタがたくさん読まれているので、拡充傾向にあります。そういった領域も手は抜かないということです」

――社内には、下ネタ記事が連発されることに対する嫌悪感もあるようです。

「うーん、そんなことはないです。ネットで読まれるものは爆発的にPVがつくので、目立つかもしれません。たしかに従来の東洋経済が扱わないテーマの記事も扱っている。ただそれほど本数が多いわけではないと思います。エログロ的なもの、不倫ネタは極力やらないようにしています」

――経済記事はなかなか読まれないのでしょうか。

「本当に悩ましく感じています。社内記者が書くのはビジネス系記事。そうした記事が読まれるかどうかが東洋経済らしさに繋がるのはよく理解しています。通勤時間帯にビジネス系記事を配信するなど、数多く読んでもらえるように物凄く神経を割いています」

――「さっぱり貯金できない人は『節約』が足りない」など記事の質に疑問がつく記事もあります。

「修正は、きちんと足跡を残しながら直すようにしています。黙って消すことはしない。しっかり疑義のない形でやろうとしている」


制作スタッフは10人程度だという

 最後に山田編集長はこう力説した。

「私は『量は質に転化する』という言葉を信じています。多くの人の目に晒されていれば、常に見直すチャンスがうまれる。いろんな指摘を真摯に受け止めたい。『東洋経済とは何か』というのは僕自身いつも深く考えています。かつて『週刊東洋経済』が健康特集を作って、『石橋湛山が泣いている』などと散々叩かれた。だから、なるべく『週刊東洋経済』は本道に戻って東洋経済らしさを守ってもらって、日本のリーダーとなるような人が読むプレミアムな雑誌を目指してもらいたい。大衆的な部分を『東洋経済オンライン』が引き継げばいいと考えています」

 メディア論に詳しい立教大学名誉教授の服部孝章氏はこう語る。

「ネットメディアは、雑誌やテレビより数字がクリアに見え、そのぶん経済効率を優先したくなる魔力が働きやすいのです。ただ、この魔力はメディア自体を壊す危険性がある。PVや利益だけを追い続けると、言論機関としての取材力や信用を失いかねないからです」

 こうした状況は、本誌を含むすべてのメディアにとって他人事ではないのだ。

(「週刊文春」編集部)