借金468億円を1年半で完済?「爆買い」ミランの無謀な計画

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16-17シーズンのセリエAでピッチ外も含めて一番大きなトピックを挙げるとすれば、やはり「中国資本によるインテル、ミランの買収」ということになるだろう。

文 片野道郎

インテルという先行事例

 
 昨夏インテルを買収した蘇寧スポーツは、ミラノに意思決定権を持ったトップを置かず、中国から遠隔でマネージメントを行うというやり方をうまく機能させる術を見出せないまま、1年目のシーズンを終えた感がある。

 マンチーニが去った後、中国主導で進めたフランク・デ・ブール招へいが失敗した反省もあり、次の監督選びではミラノの現場(強化部門のトップであるアウジリオSD)の意見を取り入れる形でピオーリを選び、一時はそれが功を奏してチームの再建がやっと軌道に乗ったかのように見えた。しかし3月末から4月初めにかけて、手が届くかに見えたCL出場権が逃げ去った瞬間から、チームは結束を失って弛緩し、最後の2カ月は目を覆うような戦いしか見せられず、EL出場権すらも取り逃す結果に終わった。困難な状況に陥ってチームがばらばらになりかけた時に、強い求心力、あるいは強制力を持ってグループを締め上げる絶対的なリーダーが、ピッチ上にはおろか現場のマネージメントにも不在だったということなのだろう。

 蘇寧スポーツは来シーズンに向けて、昨秋までローマのスポーツディレクター(SD)を5年間務め、タレントを発掘し育て売却するというサイクルを極めて効果的に回して、プラスの移籍収支と結果を両立させてきたワルテル・サバティーニを、グループ全体のテクニカルディレクターとしてスカウトした。まだどのような職域と権限を手にすることになるのか、オフィシャルには何も発表されていない。しかし断片的な情報を総合すると、グループが保有する江蘇蘇寧、インテル、そして今後おそらく買収するであろうベルギーやポルトガルのクラブを統括し、これらすべてにまたがってスカウティング、選手の獲得と売却、チーム編成などを一括して回していくための仕組み作り、さらには個々のクラブの組織体制作りまで、強化と運営のすべてを一手に担う責任者という位置づけらしい。

 だとすれば蘇寧スポーツは、これまでコンサルタントとして耳を傾けてきたキア・ジョーラブシャンやピーター・ケニオンとは少し距離を置き、より現場に近いサバティーニにグループ全体のオーガナイゼーションを委ねるという選択をしたことになる。

 次期監督となるルチャーノ・スパレッティは、ローマでサバティーニとともに仕事をしたツーカーの仲であり、昨秋サバティーニがクラブを去ってフロントに全面的に信頼できる味方がいなくなったことも、ローマ退団を決意した大きな要因の1つだという見方も強い。

 前任の会長エリック・トヒルは、アメリカやイングランドで成功を収めているアングロサクソン的なスポーツビジネスのメソッドをイタリアに持ち込もうとしてまったくうまく行かなかった。そして蘇寧スポーツが自ら経営権を握った1年目もカルチョの現実に通じているとは言えないジョーラブシャンやケニオンの意見を取り入れた結果、ネガティブな形でシーズンを終えることになった。ここから得られる教訓があるとすれば、まずはクラブ運営のメソッドをイタリアの現実に合わせてローカライズする(あるいはイタリアのやり方をそのまま受け入れる)ことが必要だということ。もう1つはミラノの現場に最終的な意思決定権を持ったトップ、あるいはそれに準ずる絶対的なリーダーとなり得る人物を置いた方がいいということだろう。

 サバティーニはあくまで蘇寧スポーツグループ全体のテクニカルディレクターという位置づけであり、インテルの体制としては今のところ、今年2月に「チーフ・フットボール・アドミニストレーター」、要するにゼネラルディレクターに就任したジョバンニ・ガルディーニ、2018年まで契約を延長したアウジリオSD、そしてハビエル・サネッティ副会長の3人が、蘇寧側の現場トップだが実質的な意思決定権は持っていないリュウ・ジュン(劉軍)CEOの下でクラブ運営にあたるという従来の組織のまま。新シーズンに向けてさらなる体制の見直しが必要かもしれない。

インテル再建のカギを握るワルテル・サバティーニSD

ミラン新オーナーの怪しい背景

 一方のミランは、昨年8月に経営権譲渡の仮契約を交わしてから、12月、3月と2度のクロージング延期というドタバタを経て、4月にやっと中国人投資家ヨンホン・リー(李勇鴻)による買収が成立した。こちらは、CEO兼ゼネラルディレクター(GD)のマルコ・ファッソーネを経営の最高責任者とし、SDのマッシミリアーノ・ミラベッリが強化責任者となるというコンパクトな体制だ。

 その観点から見ると、現場のマネージメントに関してはミランの方がスリムかつ意思決定の速い、イタリアの現実に即した体制になっていると言えるかもしれない。しかし、肝心のオーナーの素性と信頼性、そしてプロジェクトの実現可能性という点から見ると、ミランの現在と未来はひどく不透明だ。

 インテルのオーナーである蘇寧グループが売上高2兆円という巨大資本(中国最大の小売業者)であるのに対して、ミランの株式を買収したロッソネーリ・スポーツ・インベスティメントは、オフショアのルクセンブルグに設立された資本金数十億円のペーパーカンパニーに過ぎず、新会長のリーも中国財界ではほとんど無名のいち投資家でしかない。ミランの買収と当座の強化・運営資金として必要だった7.4億ユーロ(約962億円/うちベルルスコーニへの支払いは5.9億ユーロ、ミランの強化・運営に1.5億ユーロ)のうち、オーナーの自己資金は2億ユーロ(約260億円)に過ぎなかった。残りは、中国のバッドバンク(不良債券処理会社)から2億4000万ユーロ(約312億円)、そしてアメリカのハゲタカファンド(破綻国家などをターゲットとする不良債権専門のヘッジファンド)であるエリオット・マネージメントから3億ユーロ(約390億円)を借り入れて、何とか帳尻を合わせた格好だった。クロージングが2度にわたって延期されたのも、資金繰りがつかなかったからだ。

 その理由としては、中国政府が昨夏以降、資金の国外流出に歯止めをかけるために、基幹産業ではない国外企業の買収に関わる資金移動を規制したため、リー会長が中国国内の機関投資家から集めた出資金がブロックされてしまったという説明がされている。これは事実かもしれないが、出資するはずだった銀行や企業が次々と撤退し、最後にはリー会長以外誰も残らなかったこともまた事実である。たとえ今後、中国政府が資金移動規制を緩和したとしても、撤退した投資家が戻ってくる保証はない。

 そして最大の問題は、エリオットから借り入れた3億ユーロを18カ月以内に約10%の利息をつけて返済できなければ、リー会長が保有しているミランの全株式が担保としてエリオットに没収されるという契約になっていることだ。

 この巨額の貸付と引き換えにエリオットがミランに役員として送り込んだパオロ・スカローニは、イタリアの国営エネルギー企業のトップを務め、2014年からはロスチャイルド投資銀行の副会長に就いている経営者で、以前からミランの少数株主の1人だった事実が示す通りベルルスコーニと極めて近い関係にある人物だ。もしリー会長が来年9月までに負債を返済できず、ミランの保有権がエリオットの手に渡ることになれば、ベルルスコーニがスカローニを通して何らかの形でミランに影響力を行使しようとするのではないか、という観測も出ている。

 実質的な経営トップであるファッソーネGDは、現経営陣によるミランのプロジェクトが軌道に乗るためには、来シーズン4位以内に入って18-19シーズンのCL出場権を確保することが生命線、と語っている。それに向けてすでに、CBムサッキオ(ビジャレアル)、ボヌッチ(ユベントス)、SBリカルド・ロドリゲス(ボルフスブルク)、コンティ(アタランタ)、MFケシエ(アタランタ)、チャルハノール(レバークーゼン)、ビリア(ラツィオ)、FWアンドレ・シルバ(ポルト)を獲得するなど、2億ユーロ近い補強資金を積極的に投じて、戦力強化が進められている。

 しかし、たとえCL出場権を獲得できたところで、売上高が2億ユーロ強、しかもこれまで毎年1億ユーロ近い赤字を垂れ流してきたミランが、1年半で3億6000万ユーロ(約468億円)のキャッシュを稼ぎ出す可能性はゼロに近い。だとすれば、何らかの形で返済のための資金調達ができない限り、18カ月後にミランはエリオットの手に渡ると考える方が、話の筋は通りやすい。エリオットは短期の投資で利ざやを稼ぎ出すことに特化したファンドであり、ミランの経営に興味を持つことはないはず。そうなるとその先は、別の資本家に売却というのが自然なシナリオだろう。

 どれだけ強力な戦力を整えたとしても、ハゲタカファンドへの借入金返済というピッチ外の大問題に解決のメドが立たない限り、今目の前を覆っている厚い霧が晴れることはないだろう。もしかすると、ファッソーネやスカローニはすでに霧の向こうに抜け出すための秘密の地図を手にしているのかもしれないが……。

中央がミラン新オーナーのヨンホン・リーで右がファッソーネCEO。左は役員のデイビッド・ハン・リー

Photos: Getty Images