不思議な生物たちが生息する“深海”。人類にとって未知なる場所で、「もう1つの宇宙」とも言われている。

 その深海に今回初めて挑んだのが、水中写真家の中村征夫(いくお)さん、72歳。世界中の海を撮り続けて50年、中村さんは様々な瞬間を切り取ってきた。その先にはいつも命の営みがあった。

 中村さんが捨てきれなかった夢が“深海への冒険”だ。海洋研究開発機構「JAMSTEC」が世界に誇る有人潜水調査船「しんかい6500」で、その夢は現実になった。72歳で初めての深海に潜る挑戦に『けやき坂アベニュー』(AbemaTV)は迫った。

■水中写真を独学でスタート

 中村さんは19歳の時に水中写真を独学でスタート。1988年に「第13回木村伊兵衛写真賞」、1998年に「年鑑日本の広告写真’98優秀賞」、2007年に「第26回士門拳賞」を受賞してきた、水中写真の第一人者として知られている。水中写真を始めたきっかけは川や湖によく潜っていたことで、「当時コンパクトな水中カメラがあって、懸命にシュノーケリングしながら(撮っていた)。潜りも全然できなかったので、見よう見まねで何とか上から撮っていたが何も写っていなかった」と当初の苦労を語る。

 40年以上潜るなど、“東京湾を撮ること”はライフワークだと話す中村さん。「東京湾は撮るとはまりますよ。生き物も多いし、その意外性が面白い。外洋性の魚は少ないのでライバルが少ない。襲われる確率が少ないから、自分たちは良いところで住んでるなって(思っていると思う)」と語る。

 今回、中村さんが初めて深海撮影を行った場所は、深海の聖地と言われる静岡県の駿河湾だ。世界でも有数の水深を誇る駿河湾は、岸に近いところから急激に深くなる海で、富士山の湧き水が流れ込むことによって栄養豊富で多様な生物が生息しているという。

 中村さんは、「(駿河湾は)浅いところで潜って写真を撮っていても、深海生物のアンコウとかどんどん上がってくる。(深海生物と)出会う確率が高いので、この深海はどうなっているんだと。その世界が見たくて見たくて」と駿河湾への思いを語った。

■「本当に夢を見ているようでした」

 有人潜水調査船「しんかい6500」は、有人で6000m以上潜れる世界に7隻しかない潜水船の1つ。船体はチタン合金でできており、船内は1気圧に保たれている。定員は3名だが、深海で拘束され動けなくなる、パイロットと副パイロットの意識がなくなるなどの緊急事態を想定し、約5日分の食料や酸素を搭載。中村さんは、緊急離脱装置の扱いなど安全講習も学んだ。

 2017年4月16日、中村さんは「しんかい6500」に大西琢磨潜航長と鈴木啓吾二等潜技士とともに乗り込んだ。水深200mから深海となり光が届かなくなるが、「信頼しているので全然怖さはなかった」という。1時間ほどで水深1313mに到達すると、「マリンスノー」と呼ばれるプランクトンの死骸や排泄物で視界が悪かったというが、中村さんは「これが見たくて見たくて。牡丹雪のように降るものですから」と話した。あまりにも先が見えないため視界が開けた場所を探していると、泳いで向かってくるナマコの仲間に遭遇。中村さんは「この映像は貴重ですよね」と解説する。

 水深857mでは、30cmほどのエゾイバラガニの大群を発見。さらに、大型の深海生物を探して浅い方に行き、水深751mのところではロボットアームを使って餌のサバを仕掛けた。サバに食いついたのは、深海性のアナゴであるホラアナゴ。さらに30分待つと、ユメザメの仲間が餌に食いついた。「本当に夢を見ているようでした」と中村さんは続ける。

■再度潜るしんかい6500を見て「なぜか泣けてきた」

 潜行時間7時間、最大深度1313mを経て、中村さんは海上に戻ってきた。海上に戻った時の状況について、「ずっと動かない状態なので足元がふらつきますよね。腰にもきました。でも、貴重な体験でした」と話した。

 初めて深海に行ったことについては、「水中カメラマンでも深海までいけるっていうのはまずありえませんから。これは嬉しかったですね。絶対に見ることができない世界。海は広いっていうけども、僕は50年以上潜って浅いところしか見ていない。地球の7〜8割が深海なんですよ。ということは、僕は今まで何にも見ていないといえる。一部でもこの目で見られて、写真を撮れたのはこんなに嬉しいことはない」と喜びを語る。

 一方、「しんかい6500」を洋上でサポートしていた深海潜水調査船支援母船「よこすか」も大きな存在だ。「よこすか」には、乗組員のために居室、浴室、洗濯室、トレーニング室、娯楽室、厨房もある。潜行のサポートを終えた後も、餌についた泥を丁寧にろ過して微小な生物を選別して研究を行っている。中村さんの潜行時は、50人ほどの人が働いていたという。

 潜行翌日、再度潜っていく「しんかい6500」の様子を見て、中村さんは「なぜか泣けてきた」という。「デッキの上から写真を撮っていて、こんなにも多くの人が僕のために動いてくれてたのかと思ったらジーンときた」と明かした。

 最後に中村さんは、「もうやめられないですよ。理想ですね」と話した。

(AbemaTV/『けやき坂アベニュー』より)