「クロスボールを1本上げるのに、いったいどれだけの費用が必要なのか──」

 皮肉交じりにそうつぶやいたのは、元イングランド代表FWのガリー・リネカーだ。冒頭のコメントは、英国人ディフェンダーとして史上最高額となる5300万ポンド(約76億円)でトッテナム・ホットスパーからマンチェスター・シティに移籍した右サイドバック(SB)、DFカイル・ウォーカーの商談が成立した直後のコメントである。


ローマからFWサラーを引き抜いて「勝負の年」に挑むリバプール

 しかも、マンチェスター・Cは左SBのDFベンジャミン・メンディを5400万ポンド(約78億円/前モナコ)、左右両SBでプレー可能なDFダニーロを2700万ポンド(約39億円/前レアル・マドリード)で獲得した。ジョゼップ・グアルディオラ監督がサイドバックを戦術上のキーポイントと捉え、人員の総入れ替えが必要だったという事情はあるにせよ、SBだけで1億3400万ポンド(約193億円)もの巨費を投下しているのは極めて異例と言っていいだろう。

 ただ、記録的な補強が続いているのは、マンチェスター・Cに限った話ではない。

 マンチェスター・ユナイテッドがFWロメル・ルカクに7500万ポンド(約108億円/前エバートン)を費やせば、そのベルギー代表FWを取り逃したチェルシーもFWアルバロ・モラタを7060万ポンド(約102億円/前レアル・マドリード)で補強。アーセナルはFWアレクサンドル・ラカゼットをクラブ史上最高額の4650万ポンド(約67億円/前リヨン)で迎え、前出のマンチェスター・Cもポルトガル代表MFのベルナルド・シウバを4300万ポンド(約62億円/前モナコ)で加えた。

 また、中堅クラブに目を向けても、エバートンがすでに9000万ポンド(約130億円)の補強費を市場に投下している。FWウェイン・ルーニー(前マンチェスター・U)はフリーで獲得しているが、23歳のGKジョーダン・ピックフォード(前サンダーランド)と24歳のDFマイケル・キーン(前バーンリー)のイングランド若手有望株にそれぞれ3000万ポンド(約43億円)を使った。2年前の覇者レスター・シティも現時点で5000万ポンド(約72億円)、ウェストハム・ユナイテッドも4000万ポンド(約58億円)と、例年を上回るハイペースで投資している。

 これまでとの違いは、数字が雄弁に語る。

 2年前と比べて約1.7倍まで膨れ上がったテレビ放映権料の恩恵を受け、本稿執筆時(8月5日)でプレミアリーグ20クラブの補強総額は「9億4500万ポンド(約1360億円)」。市場閉幕まで3週間の期間を残していることを考えれば、昨夏市場の補強総額11億6500万ポンド(約1678億円)をゆうに超え、史上最高額を記録するのは間違いない。チェルシーやリバプールが獲得を狙うサウサンプトンのDFフィルジル・ファン・ダイクなどのビッグディールも残されており、市場閉幕間際には駆け込み移籍も相次ぐだろう。

 こうしたプレミアクラブによる札束攻勢と、インフレ傾向の強い今夏の移籍市場について、英紙『デイリー・テレグラフ』は「異常な状況」「クレイジー」と否定的に表現しているが、資金力増加に伴う記録的な出費により各クラブの競争力が増しているのは、今季プレミアリーグの見どころのひとつになるだろう。タイトル争いから残留争いまで、いつになく混戦模様が強まりそうだ。

 そんななか、もっとも大きな注目を集めているのは、在任2季目のグアルディオラ監督率いるマンチェスター・Cである。先述したようにSBの総入れ替えを行なったほか、不用意なミスを繰り返したGKクラウディオ・ブラーボに代わる新守護神として、ベンフィカから足技に長けるGKエデルソン・モラレスを確保。中盤にもMFダビド・シルバと同タイプのMFベルナルド・シウバを入れて攻撃陣の拡充に成功している。昨季は指揮官の思い描く理想像に選手のレベルが追いついていない印象を残したが、2季目となる今シーズンは指揮官のカラーに確実に染まりつつある。

 地元ライバルのマンチェスター・Uも、センターフォワード(CF)にルカク、セントラルミッドフィルダーにMFネマニャ・マティッチ(前チェルシー)、センターバックにDFビクトル・リンデロフ(前ベンフィカ)を加え、チーム中央の背骨部分を強化した。攻撃に多様性を持たせる点で課題を残しているが、指揮官ジョゼ・モウリーニョの考える堅実なサッカーを体現できる人員が揃った。

 昨季のリーグ覇者チェルシーも、今夏の市場で積極的に動いている。しかし、事実上の戦力外通告がなされたFWジエゴ・コスタの後釜としてCFのモラタ、マティッチの代わりにMFティエムエ・バカヨコ(前モナコ)を獲得した以外、実質的な戦力の上積みはDFアントニオ・リュディガー(前ローマ)だけにとどまっている。チャンピオンズリーグとの”二足の草鞋(わらじ)”に備え、もう少し戦力の補充が必要だろう。

 そして入団会見時に「勝負の年」と位置づけた、在任3季目を迎えるユルゲン・クロップ監督率いるリバプールも、今シーズンはチャンピオンズリーグの舞台に復帰する。ローマで覚醒して3900万ポンド(約56億円)で引き抜かれたFWモハメド・サラー、今夏のU-20ワールドカップでMVPに輝き、イングランドを初優勝に導いたFWドミニク・ソランケ(前チェルシー)らの新戦力がどこまで台頭するか。

 また、アーセン・ベンゲル監督の解任論に揺れたアーセナル、昨季得点王に輝いたFWハリー・ケーンの牽引で2位に食い込んだトッテナムもまた、今季にかける意気込みは強い。

 このように開幕前から話題性の多い今季のプレミアだが、たとえ選手補強で最高の食材を手に入れても、一級品の料理に仕上がるかどうかは料理人の腕次第だ。シェフの腕はもちろん、調理の引き出しの多さ、食材の活かし方が大いに問われる。

 そう考えると、莫大なテレビマネーをもとに各クラブが戦力値を大きく引き上げた今シーズンは、指揮官の手腕が試される1年にもなりそうだ。はたして、2017-2018シーズンのプレミアリーグを制するのはどのクラブか。

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