近年、中国ではスマホを使ったQRコード決済が市井の屋台や菜っ葉売り市場まで普及し、シェア自転車など新たなサービスも生まれている。そうした新時代の中国的ITイノベーションの一大拠点となっているのが、広東省深セン市だ。

 もっとも、いまをときめく深センは輝かしい繁栄の陰に広がる闇も深い。郊外の龍華新区にある景楽新村一帯(現地にある職業斡旋所の名を取って「三和」と呼ばれる)には、デジタル工場で働く短期労働者や流れ者の若者が集まるサイバー・スラム街があり、わずかなカネをインターネットゲーム(ネトゲ)やギャンブル・性風俗などの刹那的な娯楽に費やして明日なき日々を送っている。

 故郷の親族とのつながりが断絶し、劣悪な環境の安宿やネットカフェに泊まり続けて自堕落な生活を送る彼らは、いつしか中国のネット上で「三和ゴッド」(三和大神)と呼ばれるようになった。私は彼らについて調べるうちに現場をどうしても見たくなり、ついに広東省での実地取材を敢行。今月4日発売の『SAPIO』9月号に「中国『金持ち都市』を彷徨う若き廃人たち」と題して寄稿した。


左:ギャンブル廃人かつ風俗廃人で肺が悪い老白(仮名、湖北省荊州市出身32歳)/中央:スマホゲー廃人かつ風俗廃人の阿飛(仮名、湖南省郴州市出身30歳)/右:現在は三和の暮らしから足を洗ったが、元は重度のネトゲ廃人だった譚茂陽(本名、湖南省郴州市出身23歳)
いずれも『SAPIO』9月号の拙稿に登場する三和の人々だ(2017年6月筆者撮影)。

 上の写真のキャプションからもわかるように、三和の人々は多くが地方出身者だ。子ども時代には、やはり出稼ぎ農民である両親が身辺に不在という孤独な環境(留守児童)に置かれ、家庭的な事情から高校以上の教育が受けられなかったという例も少なくない。私が『SAPIO』の寄稿記事で描いたのも、現地で数多く出会うそんな人たちの群像だった。

 だが、実は取材の過程では、貧富の格差や留守児童問題とは異なる事情を抱えた「変わりダネ」の三和ゴッドにも出会っている。彼はその経歴ゆえに、周囲から知恵者としての扱いを受けていたので、とりあえず「呉用」と呼ぶことにしよう。本人や周囲の人々の話を総合すると、現在40歳ほどの呉用は大卒の学歴を持ち、三和に流れ着く前は深セン市内で家庭を築きIT企業に勤務する、中産階層の人間だった模様だ。

 ぶくぶくと太った呉用は、すでに三和での暮らしからは脱出したものの、まだ借金が残っているためか写真撮影や本名の公開はすべてNG。だが、三和ゴッドの暮らしと現代中国の中産階層が陥る人生崩壊の具体例については存分に語ってくれた。本稿では当時の取材ノートをもとに、そんな彼との会話を再現してみることにしたい。

ネトゲ廃人は典型的な「生ける屍」だ

――あなたのバックグラウンドについて教えてください。

呉用 実家は重慶の秀山トゥチャ族ミャオ族自治県だ。絵に描いたようなド田舎で、俺も農民の子さ。ただ、勉強をして大学を出て、深センのIT企業で働いて……。まあ、そこらへんは他の連中から適当に聞いてくれ。ともかく、深センに来て13年目になる。俺が三和で暮らしていたのは2015年までの2年間ほどだった。

――なるほど。そもそも、中国のネット上で「三和ゴッド」なる人たちが話題になったのはいつからなんでしょうか。

呉用 やはり2015年ごろからじゃないか? 三和ゴッドについて知りたいなら、お前も自分でやってみればいいさ。80元(約1300円)ほど持ってあの街に行けば、何日かは暮らせるぜ。クソ安い即席麺を食って、バカみたいに安いネカフェに入り浸って、思考力も将来の計画も持たずただネトゲをやり続ける。典型的な生ける屍(行屍走肉)、ホンモノのクズの暮らしだ。


三和の街角。吹きさらしのネカフェの前でたむろするネトゲ廃人たち。たとえ月収が2000元(約3万3000円)でもスマホは持っている(2017年6月筆者撮影)。

――彼らの短期労働先の多くは、ホンハイ(鴻海精密工業。シャープの親会社)などのデジタル工場です。いっぽう、休みの日はスマホとネトゲに時間とお金を吸い取られていくわけですから、まさにデジタルの奴隷ですよね。

呉用 その通り。あと、三和にはギャンブル狂もいるぞ。バクチで全財産をスッたバカな人間だ。実は俺自身もそうなのさ。財産も家庭も職場も失って、いまだに這い上がれないでいる。

――バクチって、何をやったんです?

呉用 サッカー賭博だ。1回あたりのタネ銭が最大2万元にもなるデカい話のやつで、ネットで賭けられる。試合を見るときはいつも気が抜けなくて、ドキドキしたもんだ。だが、気がついたら90万元(約1500万円)もスッていた。

――リアルな数字ですね。中国の都市部の普通の市民なら、まあそのくらいの資産はありそうですけど、普通の人はそれを丸ごとバクチに投入しない(笑)。使っちゃいけないお金を使っちゃったわけですか。

呉用 ああ。長年の蓄えがすべてパアだ。しかも株でもスッた。それで嫁が激怒して離婚して、親戚にも合わせる顔がなくなって、仕事や他のことも全部放り出して三和に流れ着いたんだ。自業自得なんだけどな。ネトゲ三昧の最低の生活をしていた。

現代のアヘン窟・三和

――あなたもやはりネトゲ三昧を? 呉用さんはどんなのをやっていたんですか。

呉用 『Legend of Mir』とかだ。まったくカネがないはずなんだが、気がつけば1万元(約16万円)ぐらい課金していた。人から借りたカネだった。ゲーム内の宝箱なんかで得たものも多少はあるけどな。あんたはゲームやらないのか?


『Legend of Mir』中国版の公式ページ。もとは韓国のゲームだが、2001年に『熱血伝奇』の名で中国に上陸してから、ほぼ「中国のゲーム」と呼んでよさそうなほど爆発的なヒットとなった。

――僕もゲームは好きですが、90万元の借金から逃げた先でネトゲに1万元を課金するほどでは……。

呉用 そうだろう。ネトゲは本当に怖いんだぞ。底なしだ。ハマったらもう人生は終了さ。ネトゲの運営企業というのは、ずいぶんと罪深い連中だと思うね。多くの若者に道を誤らせて、次の世代に害を及ぼしている。

――さながら現代のアヘンですね(注.三和がある広東省は往年のアヘン戦争の激戦地である)。で、呉用さんはどういうふうに遊んでいたんですか?

呉用 朝も昼も夜もなかった。十数時間連続でプレイとか普通だったな。6時間の滞在費が5元(約82円)のネカフェで、支払いの時に20元払ったこともあったから、つまり24時間ぶっ続けだったわけだ。

――「(日雇い仕事で)1日働けば、3日遊べる」が三和の合言葉ですからね。

呉用 ああ。2015年当時の話だが、日雇い仕事の稼ぎは1日100元(約1600円)ほどだ。一方でネカフェは1晩いても5元。安旅館は、俺が住んでいたころは1泊10元だった。長く住めば7〜8元に下がったな。


三和の安旅館の室内。1泊当たりの滞在費は格安とはいえ、泊まりたいかと言うと……(阿飛氏提供)。

――私が取材した2017年6月時点では、消防関連で当局のお達しがあったらしく、雑魚寝部屋が減って1泊の宿泊費も15元くらいまで上がったみたいです、それでも1日に100元稼いでいれば、しばらくは暮らせそうですね

呉用 日雇い先もピンキリだぞ。もしも扇風機やクーラーがある職場なら、人がいないときにはそこで昼寝することができる。これができる職場なら日給80元でもオーケーだ。涼しいからな。

――三和の暮らしのなかで、ネトゲ以外の娯楽はなかったんでしょうか。

呉用 うーん、 “自動車修理(修車)”かな。三和の隠語だが、意味はわかるか?

――なんとなく見当がつく気がします。ストリートガールですか。

呉用 その通り。とにかく自分の欲求の発散だ。イッパツで80〜100元(1300〜1600円)くらいだったな。2ヶ月に1回ほどの娯楽だ。

――今年6月の時点では、浄化作戦があったのかそれらしい人はいなくて、ゴッドたちは近所のマッサージ屋さんで200元近くも払って「手」で処理してもらっているようでした。でも、数年前まではその半分以下の値段で相手をしてくれるプロのお姉さんが、普通に道ばたにいたわけですね。

呉用 ただ、美人なんかいるわけはない。三和で暮らすクズたちの相手をするのは、やはりお似合いのレベルの女しかいねえ。欲求がジャンクフード的に解決されるだけだ。場所については、相手側がスラムの上の方の階に部屋を確保していたな。シャワーくらいはあったぞ。

――三和といえば、「三和の女神」の二つ名を持つ”紅ねえさん(紅姐)”と呼ばれる女性が有名だと聞きましたが。

呉用 あれはトシを取りすぎているし、俺でも相手をしてもらいたいとは思えねえよ。1971年生まれだぞ。本人自身、三和の住人からすらも「需要」がなくなってきたもんで、手下のオンナを何人か従えて遣り手ババア(斡旋側)になっていたな。でも、現在はすでに三和を去ったと聞いている。

AV女優は最高だが日本人の英語はクソだ

――話の内容は凄まじいですが、呉用さんって他の三和ゴッドよりも論理的な話し方をしますよね。

呉用 三和の住人のなかでは、俺の学歴は最も高いはずだからな。あと、俺はたぶんお前よりも英語が上手いぜ。例えば××××(と英語で喋る)×××××……、ざっとこんなものさ。っていうか、日本人ってなんであんなに英語が下手なんだ? 職場でもたまに会うんだが、ひどすぎるぞ。

――“職場”とは? もしかして三和の生活を抜け出して、IT企業に復帰したんですか?

呉用 いや。ホンハイの工場の門番(通称「工場のイヌ(廠狗)」)をやっているだけだ。ホンハイには日系企業の出張者もよく来るんだよ。日本人って、エロビデオの女優は最高なんだが、英語はマジでクソだよな。どいつもこいつも訛りがきつくて、何を言っているのかわかりやしねえ。


シャープの親会社でもある台湾企業・ホンハイは中国国内で100万人規模のワーカーを雇用しており、深圳にも大工場を持つ。運転手や「工場のイヌ」として雇用される労働者も多い。写真は台湾・台北市郊外の鴻海精密工業本社(2016年5月筆者撮影)。

――日本人の英語の話はさておき、なんで更生しようと思ったんです?

呉用 さすがに人生を立て直さなきゃと思ってな。借金がまだ20万元(約320万円)ぐらい残っているんだが、親戚に借りたカネは返さなきゃいけないんだ。ホンハイはカネ払いがいいから、1日16時間労働で、残業代をできるだけ稼ぐことにしている。いまやネトゲやバクチどころか睡眠時間もろくにない生活だよ。三和での自堕落な暮らしを倍返ししているようなものだ。

――将来の目標とかってあります?

呉用 借金を返して、いつか故郷に帰ることだ。両親はもうすぐ70歳だが、三和で暮らしていたときは一切連絡をしないでいたし、これから親孝行しなきゃとは思うんだよな。地元に職があればそれに越したことはないんだが。


現代のアヘン窟・激安ネカフェとネトゲが三和の人々を惹き付ける(2017年6月筆者撮影)。

――三和から抜け出したいま、三和ゴッドたちをどう思いますか?

呉用 三和の住人は3種類に大別される。ひとつは日雇いや週雇いで稼いだ小銭を自堕落な遊びにつぎ込んでいる連中だ。ネトゲ廃人、スマホ廃人、といろいろいるけどな。基本的にはどうしようもないクズだと言っていい。

 もうひとつは、精神に疾患があるような真の社会的弱者で、しかも親類や友人を持たない人間だ。実は三和にはこういうやつらも多く暮らしていて、彼らは本当にかわいそうだから、笑いものにしちゃいけないんだ。

 最後のひとつは、ギャンブル中毒者や多重債務者で、家族や友人に合わせる顔がなくなって隠れ暮らしているやつらだ。俺はこの3つ目に該当する。最もどうしようもない人間だよ。

――ありがとうございました。

*   *   *

 元はそこそこのインテリだったプライドと、それゆえの自己嫌悪感がない混ぜになった話をしてくれた呉用。近年の中国ではウェブ決済が普及しているため、現金を使わずに事実上のギャンブルをおこなう例が増えてきたことも、現実感が欠けたまま多額を賭けてしまう結果を生みがちなのだろう。

 デジタル工場の短期労働でわずかなカネを稼いでも、ネトゲ・バクチ・性欲といった目先の欲望に抗しきれずにあらかた費消してしまい、心の底でこんな生活に見切りを付けたいと思いつつもダラダラとその日暮らしを続ける――。まさに現代中国版の「サイバー苦役列車」。三和の街は、そんな私小説さながらの人たちが汚泥にまみれて蠢(うごめ)き足掻(あが)く無銭横丁なのである。

 中国ナンバーワンのイノベーション都市・深セン。その郊外に広がるスラム街は、今日もさまざまな弱者の人生を呑み込みながら、新たな伝説をつむぎ続けている。

(安田 峰俊)