セブン&アイグループはオンラインストアで購入した商品を全国のセブンイレブンで受け取ることができるサービスなど、店舗とオンラインストアの垣根を越えたサービスを強化している(資料写真)


 スマホでクチコミをチェックした商品を店頭で買う。店頭で実物を確認した商品をスマホで買う──。今や消費者は、リアルとデジタルの垣根を越えて自由に買い物を楽しむようになった。

 その裏側で、小売流通は、既存の実店舗に加えオンラインストアやスマホアプリなど多様な接点から消費者とコミュニケーションを深める「オムニチャネル」に投資してきた。

 しかし、投資に対して十分な効果を得ることは難しいというのが実状ではないだろうか。一方で、企業は「十分な効果が出ていなくても、競合に遅れをとらないよう、投資の手を緩めることはできない」状況にも直面している。以下では、そのようなジレンマを乗り越える活路として、オムニチャネルで培った“情報資産”を活用した新たなビジネスモデルを提言したい。

 現在の市場の状況と各社の取り組み状況、そこから導き出される新たなビジネスモデルを順に見て行こう。

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【1】生活のあらゆるシーンから購買が生まれる時代

「あれ、洗剤が切れそう・・・」──洗濯機に貼り付けられたAmazonダッシュボタンを押し、5秒とかけずに注文を済ませる。

「こないだ買ったお気に入りのパスタソース、もう1つ買っといて」──会社へ出る前に、リビングに置かれたAmazonエコーに話しかけておけば、帰る頃には自宅に商品が届いている。

 ここ10年で消費者の「モノを買う」という行為は大きく変化し、もはや店舗だけで行われるものではなくなった。スマホを中心としたデジタルデバイスの普及をきっかけに、「より楽で、早く、お得な」購買が追求された結果、「認知し、興味を抱き、検討し、購入すると決める」までの行動が、消費者の様々な生活シーンに溶け込みつつある。

【2】小売流通各社はオムニチャネルを強化、デジタル活用も当たり前に

 多様化した消費者の購買行動を取りこぼさないため、小売流通各社は1人の消費者に対する接点数を増やすことに力を注いできた。オンラインストア、スマホアプリ、LINEやFacebookなどのSNS、といった様々なチャネルを構築し、さらにチャネル横断で消費者とのコミュニケーションを深める「オムニチャネル」を推進してきたのだ。

 例えば、セブン&アイグループは、7net、西武・そごう、イトーヨーカドー、アカチャンホンポ、LOFTを集結させたオンラインストア「オムニ7」を2015年に開始。オムニ7で購入した商品を全国約1万8000店舗のセブンイレブンで受け取ることができる“店舗受取りサービス”など、店舗とオンラインストアの垣根を越えたサービスを強化している。

 また、多様な接点から獲得した顧客情報(属性情報・購買情報・行動情報など)を統計的に分析し、ブランド育成・販売促進・商品開発などに活用する“デジタルマーケティング”が浸透している。

 例えば、丸井は早期から店舗とオンラインストアの顧客・在庫情報の統合に着手し、2010年頃から「店舗受取」や「ウェブでの店頭在庫表示」などのサービスを提供してきた。近年では、各種顧客情報をAI(人工知能)で分析し、オンラインストアの顧客に対して“おすすめ商品”を提示している。その結果、おすすめされた顧客の25%がその商品を購入し、買い上げ点数が通常の顧客と比較して20%ほど増加したとしている(出所:ECzine)。

【3】オムニチャネル効果だけで投資をまかなうことは難しい

 先ほど紹介したような一部のサービスや施策の成功事例は、各種メディアで数多く取り上げられている。その一方で、オムニチャネルの構築により企業全体の業績が大きく向上したという事例は少ないのが実情だ。米国百貨店大手Macy'sのように、オムニチャネルに投資していても業績が振るわず苦境に立たされている企業もある。

 オムニチャネルへの投資は消費者の期待に応えるために必要なものだが、必ずしも業績を大きく向上させるものではない。

 例えば、売上高の10%を占めるオムニチャネル活用顧客の購買金額が20%向上したとしても、売上向上効果は売上高全体の2%(10%×20%)に留まる。利益率にもよるが、利益向上効果とみることができるのは、売上向上効果のさらに数%程度ではないだろうか。

 一方で、オムニチャネルへの投資は少なくとも年間数億円を要する。規模の経済が効く最大手は別として、オムニチャネル効果で得られる利益だけでは、必要な投資をまかない切れない企業は多いのではないだろうか。

 もちろん、オムニチャネルを活用する消費者は今後増えていくため、効果の伸び代はある。しかし同様に、オムニチャネルを活用する競合も増えていき、効果の奪い合いは激しくなるだろう。

 それでも、顧客のニーズに応え続け、Amazonなどネット専業を含む競合に遅れをとらないよう、投資の手を緩めることはできない・・・。近い将来、多くの小売流通企業は、そのようなジレンマを抱えるのではないだろうか。

【4】活路は、オムニチャネルで培った“情報資産”に価値を見出すこと

 では、そのような状況をどうすれば打開できるのか。活路として、オムニチャネルで得られた顧客情報(属性情報・購買情報・行動情報など)を“情報資産”として活用する新しいビジネスモデルを提言したい。

 小売流通が保有する情報は、“情報資産”と呼べるほどに“量”と“質”を兼ね備えている。まず“量”の面では、これまでの店頭での膨大な顧客数に、メールやアプリといった多種多様なデジタルチャネルが掛け算され、大手では述べ数千万というオーダーの顧客接点(顧客数 × 1人あたりチャネル数)を保有するに至っている。

 また“質”の面では、もとから保有している膨大なリアル(店舗)の情報に、様々なデジタルチャネルの情報が加わり、リアル/デジタル横断で顧客の行動を追うことができる。「スマホでクチコミをチェックした商品を店舗で買う。店舗で実物を確認した商品をスマホで買う」といったチャネル横断の購買行動を把握し、顧客の真の姿に迫ることができる。ウェブ専業企業はデジタルの購買行動を追えるが、リアルは把握しづらい。広告代理店はリアル/デジタルの顧客接点を多数保有しているが、最終的な購買の情報は手に入れにくい。

【5】「広告」と「リサーチ」が新たなビジネスモデルに

 このように価値の高まった小売流通の”情報資産”を活用することにより、以下の2つのビジネスモデルを構築できる可能性がある。

(1)オムニチャネルを通じて広告を配信し収入を得る「広告モデル」

 主に取引先のメーカーから依頼を受け、店頭、オンラインストア、メール、スマホアプリ、SNSなど、多様な顧客接点から広告を配信し収入を得るのが、「広告モデル」だ。

 例えば、「ターゲットは今年まだ日焼け止めを購入しておらず、普段からスキンケアや美白系の購入が多い女性。晴天が2日以上続いた日の正午のタイミングで、アプリにクーポンを配信する」といった具合に、情報資産を活用して、商品の特徴に応じたターゲット条件を設定し、最適なタイミングで顧客にアプローチすることができる。

 デジタル広告の相場では、メール1通で数十円、アプリバナー広告1カ月で数十万円など、単価は大きくない。しかし、1つの接点から年間100円の広告収入を獲得し、数百万から数千万の顧客接点を掛け算することができれば、売上規模は数億円から数十億円となる。

(2)顧客情報を統計的に分析したレポートで収入を得る「リサーチモデル」

 オムニチャネルで獲得した膨大な顧客情報から示唆を得ようと、統計解析ツールを導入した企業は多い。その結果、これまでの年代・性別などの属性に留まらず、「時短・お手軽好き」「子育て投資」などの価値観に踏み込み、様々な切り口で顧客を分析することが可能となっている。この分析結果をメーカーなどにレポートとして提供し、収入を得るのが「リサーチモデル」だ。

「顧客がどのような過程で商品に関心を持ち、購買に至ったのか」「類似する商品A・Bを購入する顧客は、それぞれどのような価値観の違いがあるのか」──“情報資産”を丁寧に紐解くことで、これまで見えなかった顧客像を明らかにすることができる。また、この分析結果を「広告モデル」のターゲット条件やメッセージ選定などに活用することもできる。

 一般的な調査分析レポートの価格は様々だが、簡単なデータ集計なら数万円、統計的な分析手法や顧客アンケート・インタビューを含むものであれば数十万円から数百万円の価格を設定できるだろう。

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 これら2つのビジネスモデルは、オムニチャネルで構築した既存の配信システムや統計解析ツールを活用するため、高い利益率を期待できる。数億円でも利益を生み出すことができれば、オムニチャネルに必要な投資をまかなう1つの収益源として、十分に価値があるといえるだろう。

 オムニチャネルで得られた情報資産を活用し、新しいビジネスモデルを生み出す。新しいビジネスモデルで得られた収益をオムニチャネルへの投資にあて、顧客のニーズに応え続ける──。ニーズに応えることで顧客との接点が増え、情報資産の“量”と“質”がさらに充実し、新しいビジネスモデルの収益も向上する。このような好循環を創り出すことができた企業が、競合が足踏みする中でも投資を継続し、オムニチャネルの次のステージへ進むことができるのかもしれない。

筆者:河邊 俊輔、大西 直彌