イラスト 小幡彩貴

 タイのメコン川沿いの町ナコンパノムへ“世界最重量の淡水魚”と言われるメコンオオナマズを食べに行ったときの話の続き。

 なかなか入荷しないと聞いていた大ナマズだが、偶然にも私がレストランを訪れたとき、漁師から届いたところだった。

 店のおばさんは「今じゃこんなちっちゃいやつしか捕れないんだよね」と残念そうな顔をするが、いやいや、これだって相当でかい。体長一・二メートル、体重三十キロなのだから。これを七千五百バーツ(当時のレートで約二万二千五百円)で買ったとのこと。

 店のシェフが鉈(なた)のような中国包丁で背中にツーッと切れ目を入れると、意外や意外、赤身の肉が現れた。ふつうのナマズは白身肉だ。根本的に種類がちがうのかもしれない。しかも、表皮と肉の間には黄色い脂身がびっしり。「こりゃ美味そうだ」と思わず涎が垂れてくる。

「どんな料理が食べたい?」と訊かれて、私は、“トムヤム”と“プラー・ペッ”を希望した。現地の事情通レックさんがその二つの料理が最高だと言っていたからだ。

“トムヤム”はいろいろな具材を入れた辛いスープのことで、日本ではもっぱらトムヤムクン(“クン”は「エビ」の意味)で知られているが、他にもトムヤムガイ(ガイは鶏肉)とかトムヤムプー(プーはカニ)とかいろいろある。私が注文したものをあえて名付ければ、トムヤム・プラーブック(大ナマズのトムヤム)となろうか。

 それからプラー・ペッは「辛い魚」の意味で、ピーマンや赤タマネギなどの野菜とトウガラシを一緒に炒めた料理。

 使われた肉は当然のことながらごく一部だが、それでも調理されてテーブルの上に出てくると、けっこうな量だ。

 正直言って、味にはあまり期待をしていなかった。大きい魚は概して大味であるし、このナマズ、タイ国内でも特に有名というわけではない。「でかいから話題性があるだけなんだろう」と思っていた。あるいはゲテモノか珍味なのかもしれない。もちろん、ゲテモノ好きの私はそれで十分に満足なのであるが。

 ところが一口、プラー・ペッの肉を食べてびっくり。ゲテモノでも珍味でもない。というより、むちゃくちゃ美味い。薄切りにした赤身の、引き締まりつつも柔らかいという肉は、ふつうの魚より動物の肉に近い食感だった。

 これまで私が食べた肉の中で、「魚と動物の肉の中間みたいな味」というのはいくつかある。ワニやピラルク、チョウザメなどがそうだが、いずれも白身。赤身の中間系は初めてだった。

 ちなみに、この二十年後(つい最近)に食べたミンククジラ肉は「魚と肉の中間で赤身」だったが、脂分が少なかった。でも大ナマズはとても脂がのっていた。やはり、どれにも似ていない。

 美味いのは肉だけではない。それにひっついている皮とゼラチン質の皮下脂肪がコリコリしてたまらない。旨味がジュウッとにじみ出る。


旨味もダシもたっぷり。大ナマズのトムヤム

 トムヤムはスープ自体が、これまで食べたどんなトムヤムよりも美味かった。旨味と脂身が質量ともにたっぷりな大ナマズ肉の方が小さなエビやカニよりよほどいいダシが出るようだ。しかも具にもしっかり旨味は残っている。

 大ナマズは肉の美味さもダシとしてもジャイアントであった。

 さて、あれからざっと二十年。今、大ナマズはどうなっているのだろう。さらに大物は珍しくなり、数も減っているのかもしれない。

 メコン川の「ピー(精霊)」への敬意を失わず、大切に少しずつ食べていってほしいと思う。

(高野 秀行)