2017年8月3日、次のようなツイートが投稿され、話題となっている。

「うちの旦那もすぐ尾張とか三河とか言うんだけど、......愛知県はいつまで戦国時代なの?」と言われた、というコメントだ。

これには1万9000リツイートを超えるリツイートがあり、今も拡散している。

「天気予報でも尾張と三河だし、......文化とか方言とかそもそも違うので...」


愛知県清須市、清洲公園にある織田信長像(Baristonさん撮影、Wikimedia Commonsより)

ツイッターには、地元・愛知県の人々からこんな声が寄せられている。

「そりゃあ愛知県民なら尾張と三河はこだわるに決まっとるわな」というコメントが多かった。「尾張と三河はホント別の国だからトヨタさえくれれば別れたい」とつぶやく尾張人もいた。「そっかぁ住んでると日常だけど、......藩政時代の地名なんだ」と気付いた人もいたようだ。

「尾張で三河の話や三河弁出すと鼻で笑われるし......」「天気予報でも尾張と三河だし、受験でもそうだし、文化とか方言とかそもそも違うので...」などと、実感を込めて語ってくれる人も......。

郷土出身の英傑、織田信長と徳川家康を引き合いに出してくる傾向もあるらしい。「三河は家康の出身地だで最終的に勝ったのは三河じゃんね」と三河人は思っていると指摘する。


愛知県岡崎市、岡崎公園にある徳川家康像(Baristonさん撮影、Wikimedia Commonsより)

「味噌で煮込む味噌おでん」「八丁味噌作ってるのは岡崎市だから......」といった、味噌にまつわる文化の違いも気になるという。

「戦国時代の国わけって結構根付いてと思う」「ずっと戦国時代なのですね」という感想に実感がこもっている。

「ワカル!」というツイートが、まったく別の地域から投稿されている。

青森県の津軽地方と南部地方も同様という感想や、「多分八戸と弘前くらい違う」という意見だ。全国には同じような例がまだまだありそうだが、はたして読者の皆さんの地元ではどうだろうか。