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私たちが口にしているバナナがなくなってしまうかもしれない?


(文:澤畑 塁)

『』
作者:ロブ・ダン 翻訳:高橋洋
出版社:青土社
発売日:2017-07-25


 バナナがなくなってしまうだって!? 多くの人にとっては寝耳に水であろうが、しかしこの話、けっしてありえないことではないようである。

 現在、人々が口にしているバナナは、その大半が単一の品種、すなわちキャベンディッシュバナナである。そしてそのバナナには、遺伝的な多様性がまったくない。というのも、キャベンディッシュは種子がなく、株分け(新芽を移植すること)をとおして栽培されるからである。それゆえ、「キャベンディッシュバナナはすべて遺伝的に同一であり、スーパーで買うバナナのどれもが、隣に並ぶバナナのクローンなのである」。

 だがよく知られているように、そうした遺伝的多様性の低い生物は、天敵などの影響をもろに受けやすい。実際、かつて人々が口にしていたバナナ(グロスミッチェル種)は、「パナマ病菌」という病原体によって壊滅的な打撃を受けている(その結果として、キャベンディッシュがグロスミッチェルに全面的に置き換わったというわけだ)。

 そしていま、かつてグロスミッチェルを襲ったのと同じ脅威が、キャベンディッシュにも忍び寄りつつある。じつは、病原体の変種がキャベンディッシュをも殺すよう進化し、すでに一部の地域で拡大しているというのである。そういうわけで、一部の科学者たちは「食卓に並んでいるバナナがなくなってしまうかもしれない」と警鐘を鳴らしているのである。

 すでにもう十分に驚かされる話だが、しかし問題はもっと広範かつ深刻なようだ。本書『世界からバナナがなくなるまえに: 食料危機に立ち向かう科学者たち』の著者によれば、問題が生じているのはバナナだけではない。「私たちが依存する他のほとんどの作物に関しても同じ問題が生じている」。そしてそれゆえに、わたしたちはいま、甚大な被害をもたらす危機に直面しつつあるというのである。どういうことだろうか。

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危機的なのはバナナだけではない

 現在、世界各地の人々の食生活は、ごく少数の作物に依存している。欧米のコムギとトウモロコシ、アフリカのキャッサバ、そしてアジアのコメというように。その証拠に、植物性食物の場合、人類が消費しているカロリーはなんと80%がたったの12種から、そして90%がたったの15種から摂取されている。そのように、いまのわたしたちの食生活はかつてないほど多様性に乏しくなっているのだ。

 そして、その傾向に拍車をかけているのが、利益優先の大規模農業である。農業において利益を最優先するならば、大きな利益を生む作物と品種に生産が集中するのも当然の成り行きといえるだろう。現に、いまや多くの地域で、同じ作物の同じ品種が同じように栽培されている(そしてその結果として、わたしたちの食はそれらの作物品種にますます依存するようになっている)。

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 しかし、まさにバナナのケースで見たように、農業がそのように画一化されると、栽培作物は天敵などに対してきわめて脆弱になってしまう。というのも、害虫にせよ病原体にせよ、その作物のどれかひとつでも攻撃できるものは、その作物すべてを殺しうる能力を持つからである。そういう意味で、上述の主要作物もじつはバナナと同じで、つねに壊滅的被害の危険性に脅かされているのだ。

 わたしたちの食生活がごく少数の作物に依存していること。しかも、それらの作物も壊滅的なダメージを受ける可能性が十分にあること――それこそが、本書で提起されている最大の問題である。そして著者は、その問題の深刻さを示すとともに、迫りつつある危機を回避するための方法を論じていくのである。

胸が熱くなる科学者たちの活躍

 本書でおもしろいのは、以上の議論を展開するために、「食糧危機に立ち向かう科学者たち」の姿を描いている点だ。未来のためにいち早く世界各地の種子を収集したニコライ・ヴァヴィロフ(第8章)。キャッサバを襲う害虫を抑制しようと、その天敵「ロペスのハチ」をアフリカに放ったハンス・ヘレン(第5章)。また、人類のいざという時に備えて、種子を冷凍保存する「現代版ノアの箱舟」を発案したキャリー・ファウラー(第14章)。このあたりの話を読んでいると、ストーリーテラーとしても卓越したこの著者によるものだけあって、その見事な構成に思わず舌を巻いてしまう。

 そして本書には、胸が熱くならずには読めない話も少なくない。ブラジルのカカオ帝国を崩壊させた「チョコレート・テロ」の真相(第7章)や、レニングラード包囲戦のなか、科学者たちが命に代えて種子コレクションを守ったこと(第9章)など。そうしたストーリーにときには目頭が熱くなり、またときには科学者たちの活躍に快哉を叫び、といったように、本書は読み物としてのエンターテイメント性も抜群だ。

 そういう本であるから、そのメッセージを重く受けとめつつも、ぜひ気軽に楽しく読んでほしいと思う。毎度こちらの期待にかなうエキサイティングなストーリーを展開してくれるロブ・ダンだが、いや今回の出来は「期待以上」とさえいえるかもしれない。まさに「世界からバナナがなくなるまえに」、多くの人に一読することをおすすめしたい1冊である。

わたしたちの体は寄生虫を欲している (ポピュラーサイエンス)
作者:ロブ・ダン 翻訳:野中香方子
出版社:飛鳥新社
発売日:2013-07-24

心臓の科学史 -古代の「発見」から現代の最新医療まで-
作者:ロブ・ダン 翻訳:高橋洋
出版社:青土社
発売日:2016-04-25

アリの背中に乗った甲虫を探して―未知の生物に憑かれた科学者たち
作者:ロブ ダン 翻訳:田中 敦子
出版社:ウェッジ
発売日:2009-12-01

 ロブ・ダンの前著。上で述べたように、どの本のストーリーもよくできていて、こちらの期待に違わぬおもしろさである。なお、『アリの背中に乗った甲虫を探して』は、そろそろ入手がむずかしくなっているようなので、ファンの方はいまのうちに確保されたい。

 

澤畑 塁
1978年生まれ。専門書出版社に勤務。営業職。大学では哲学を専攻していたものの、最近の読書はもっぱらサイエンス系。ふたりの子どもと遊ぶ時間のため読書時間は半減しているが、それはそれでわるくないと感じている昨今。

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筆者:HONZ