「やばい、完全にカタルシスだわこれ」
 羞恥心のかけらもない中年男、森のなかでひとりポカーンとしている。
 うかつにも心打たれた。現場は小田急多摩線の唐木田駅から歩いて30分ほどの、東京都町田市上小山田町の山林のなか。湧き流れる水の透明感、草木を揺らす風、ウグイスやキジの鳴き声……。まさか、都心から1時間弱の地に、こんな瞑想の森があるとはっ。
 ここは鶴見川現流域。鶴見川は、このあたりに点在する小さな谷「谷戸」の水を集めながらだんだん川幅を広げ、多摩川の南側を沿うように流れ、京浜工業地帯のすき間から東京湾へと注ぐ。
 東に小田急の唐木田車両基地、その向こうに高度経済成長期の残照のような多摩ニュータウン。西には首都大学東京なんていうフシギな名の学校の建物などが並ぶ。鶴見川源流の森は、昭和・平成のコンクリート建造物のなかに埋もれるように存在する。
 それもシレッと、ひっそりと、だ。

鎌倉時代の土の上で瞑想し、迷走

「泉のひろば」と書かれた小さな道標に従い、尾根から谷へと降りていくと、「な、なにコレ?」と思わせる光景がバーンと広がる。海風が吹いたときの水面のような波紋の斜面が、迫ってくる。畑でもハゲ山でもなく、きれいな野草のさざ波ができていて、あっという間に森の静寂に包まれる。かすかに水の流れる音。ゾクッとする。
 波打つ傾斜は、数年前まで畑だった地で、荒れ果てた土の上に茂った笹を刈ったあとだという。こうした谷戸で田んぼを開いたのが鎌倉時代。そう、千年前の土地へと、人々が地道に蘇らせているらしい。そう聞いて息を呑む。
 足元をちょろちょろと流れる、澄んだ水を発見。これが鶴見川の源か。
 千年前の土の上で、ポカーン。
 肺に思いっきり源流域の空気を採り入れて、歌の練習中の若いウグイスに「じゃね」と伝えて再び尾根へ返す。
 ここからが、マズイ。自分最悪。
 一日坐禅体験などのあとにジワジワっと出てくる煩悩と同じようなものを断ち切れないでいる。水源に立った自分に乾杯したいのか、唐木田駅までの殺伐とした道のりが寂しいのか、貧弱な気持ちに耐えられなくなって、酒。
 なぜか、「無」のあとに呑む酒は旨い。
 駅前でグイッと一杯やり、その勢いで多摩都市モノレールに跨る。誰にもおだてられてないのに、どうやら高いところへ登りたくなったらしい。
 モノレールは、左へ右へと身体を揺らし、山をいくつも越える。「いいね、河岸段丘」なんてつぶやきながら、眼下に京王動物園線が見えたころには、なんともいえぬ紫がかった空になっていた。鶴見川源流でガッツリ蓄えたはずのチカラは、見事あっさり放電。
 身もココロもだらしない自分に戻っていた。「もうこうなったらもう一軒」ってわけで、酒場ではなく総研へ。

新幹線黎明期を妄想し、また迷走

「森の静けさに似た場所が国分寺市光町にあったはず」なんて言って迷走。立川でモノレールから中央線へ。
 鉄道総合技術研究所。鉄道院時代から続く研究施設のひとつで、国立駅の北西に広大な敷地を構える。路地を伝って外周から覗き込むと、見たことのないレールや車両が垣間見られたりして、ドッキドキ。酔いがさめると思いきや、静かな住宅街でひとり興奮。
「ども。繁盛してるじゃん、新幹線」
 研究所正門前にいる、ひとりぼっちの新幹線951-1形試験車両に、一礼。
 この車両、言ってみれば現在の新幹線一族のルーツのひとつ。0系に似た顔の彼は、高速試験の役目を終えて総研で保存され、のちに地元・国分寺市に渡り、無言で新幹線の歴史をいまに伝えている。勝手に絡んでくる酔っ払いに、興味はないようで。失礼。
 この総研、中央線のレールから分岐する引込み線を持っていたが、いまその跡地は遊歩道や駐輪場に姿を変えた。
「このあたりに『引込線』っていうスナックがあった、はずだが、なあ」
 ここから記憶が曖昧。次の日、後輩に送ったメールの履歴を見て、呆れた。
《2つの源流を見て超感動!呑むぞ》

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2012年6月号に掲載された第3回の内容です。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

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