大の阪神タイガースファンの亜美伊氏。’85年、日本一になった際は、完全に個人の趣味でこんな部屋を作ってしまった

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今、ラブホテル業界に大きな変化が訪れている。メインターゲットとなる客層は女性や外国人観光客へとシフト。それに伴い、これまで見られなかったような高級ホテルやテーマパークのようなホテルが続々誕生しているのだ。その裏側とは?

◆カリスマデザイナーが語るラブホテルの歴史

 回転ベッドに鏡張りの部屋、メルヘンな世界観……。ラブホテルの代名詞として浮かぶ仕掛けを生み出したのは、実はたったひとりの男だった。’65年から、ラブホテルのデザインを手掛ける重鎮、亜美伊新氏。数々の革命を起こしてきた同氏のルーツは意外なところにあった。

「知り合いが働く幼稚園で、『園児がトイレに行かなくて困る』という声を聞いたんです。そこで動物の形をしたおまるを作ったりして、楽しい空間にしたところ、園児が進んでトイレに行くようになった。楽しい場所には人が来るのは幼稚園もラブホも一緒やということです」

 どうしたら楽しんでもらえるのか? それまで簡素なデザインだったラブホテルを手掛けることになってからも、原点は変わらなかった。

「鏡張りは、部屋を広く見せるために作ったんです。そうしたら見えんでいいところまで見えてしまい、部屋の取り合いになったほど(笑)。それを機に、回転ベッドなどの仕掛けも入れるようになりました。ラブホテルはセックスをするための“ステージ”で、テーマや動き、仕掛けが大事。私に言わせれば、どの部屋も同じ内装で、広さと値段だけ違う今のラブホテルはただの“箱”なんです」

 重要なのは“遊び心”。時事性の強い部屋も数多く製作した。

「東京佐川急便事件のときは土井たか子が空を飛ぶ部屋を、ダイアナ妃ブームのときはお召し馬車を設置した部屋を作りました。変な部屋と思うかもしれませんが、実は根強いファンがいて、今も年配者が多く来るんです。人はセックスのときは童心に帰る。大人になってもディズニーランドに行くのと同じ理由です。法律的な規制が厳しいからと、味気ない部屋を作るのは言い訳ですよ。やっぱり、作り手自身が使いたいと思う楽しめる部屋を作らないと」

 時代は変われど、ラブホテルは“夢の舞台”でなければならないのだ。

【亜美伊 新氏】
’45年生まれ。アミー東京デザインルーム代表。’65年から1600棟以上のラブホテルのデザイン・プロデュースを行ってきた

取材・文・撮影/ラブホテル文化調査班
― 変化する[ラブホ業界]の裏側 ―