同じ英語でもアメリカとイギリスで手話は異なる(depositphotos.com)

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 手話通訳を介して診察を行った事のある医療従者は、そこまで多くないと思われる。ましてや、恒常的に手話を必要とする患者さんが通ってくるというクリニックはほぼないであろう。

聴覚障がい者は、みんな同じではない

 日本には障がい者手帳を持つ「聴覚障がい者」は32.4万人いる。これは、日本の総人口の385人に1人の割合である。街中でも見かけることの多い「視覚障がい者」は31.6万人なので、わずかではあるが聴覚障がい者のほうが数としては多い。しかし、聴覚障がい者に関する正しい知識を持った人は少ないのが現状である。

 一般的に馴染みのある「聴覚障がい者」には、大きく「難聴者」「ろう者(聾者)」「中途失聴者」がある。日本では「聴覚障がい者」という単語にまとめられがちだが、難聴者、中途失聴者、ろう者は大きく異なる。

「難聴者」「ろう者(聾者)」「中途失聴者」の違いは?

 「難聴者」を分類すると「軽度難聴者」「中等度難聴者」「高度難聴者」「重度難聴者」「老人性難聴者」と5種類に分類される(ただし老人性難聴者は加齢により耳が遠くなった人であり障がい者には分類されない)。

 「軽度難聴」から「重度難聴」までは、聞こえるdB(デシベル)の範囲で定義が変わり、言葉の通り障がいの程度で分類される。詳細に関しては一部割愛するが、日本の基準はWHOが定義している国際基準(International Classification of Impairments, Disabilities, and Handicaps)より厳しく、国際基準では福祉サービスの対象となる障がい者に分類される聴力の人も、日本では基準を満たさない場合が多い。

 日本の基準では片耳でも50dB以下の音が聞ける場合、障がい者手帳は付与されないが、同じくWHOの国際基準では、左右非対称の場合は重度の方に合わせると定義されている。

 「中途失聴者」は、聞こえの程度とは関係なく、事故や病気によって音声言語獲得後に失聴した場合に分類される。もともとは聴者であったので発話は比較的に問題がないケースが多いが、聞き取りに関しては聴力次第では極めて困難である。

 「ろう者」の定義は「難聴者」とは大きく異なる。医学的には「100dB以上の最重度の聴力レベル」のことを言い、聴覚障がいの中では最も重い「身体障がい者二級」に値する。

 しかし、一般的には「手話を母語として使用する聴覚障がい者」を「ろう者」と定義する。つまり、「難聴者」は聴力の程度はあるが聞こえにくさによって定義され、「中途失聴者」は失聴した時期で定義されるのに対して、「ろう者」は使用する言語によって区分されるのである。

 「難聴者」と「中途失聴者」は日本語がベースになっているという意味では、根本的にコミュニケーション方法は違い、日常的に手話を利用するのかどうかによって「ろう者」が区分される。つまりは「言語の違い」「文化の違い」となってくる。

 社会構造的にも「難聴者」と「中途失聴者」は同じ当事者団体として活動をしているが、「ろう者」は別の当事者団体を作る活動をしている。同じ聴覚障がい者といっても、コミュニケーション方法が大きく変わっているのだ。

手話は「手で表現する言葉」なのか?

 手話は「手で話す」と書くので、「日本語の文章のまま単語を手で表したら手話になる」と考える人が多い。しかし、実際には文法の異なる全く別の言語である。そして、手話でコミュニケーションをとっている人を思い出すと気づかれると思うが、言葉を全て手のみで表現をしているわけではなく、体、表情、視線すべてを複合的に使用した言語となっている。

 また「happy」という英語を日本語に訳すとき「幸せ」「幸福な」「嬉しい」「満足な」など、複数の意味で表せるように、手話も日本語の単語と対になっているわけではない。

 さらに、手話には「てにをは」にあたる助詞がなく、単語の位置関係と方向で主語述語が変わる。音声言語との大きな違いとして、同時に二つの単語を発することは物理的に不可能であるが、手話の場合は手が二つあるので二単語を同時に表すことができるなど、言語的、文法的、読み取れる情報など、音声言語を駆使している我々とは違う世界観でコミュニケーションをとっている。

「日本手話」と「日本語対応手話」の2種類の手話

 実は、国内には2つの種類の手話が存在する。

 ろう者が使用している、日本語と全く文法の違う手話を「日本手話」という。本稿では、特段に言及がない場合は、「手話」とは「日本手話」のこととする。

 一方、日本に存在するもう一つの手話が、日本語の文法をそのまま使った「日本語対応手話」である。日本語対応手話は、日本語を話しながら手話の単語を同じタイミングで表していく。

 イメージとしては「私の父は医者で、神奈川に住んでいます」という日本語を「My father doctor Kanagawa live」と伝えているようなものなので、簡単な文章であれば理解できるが、推測の部分が多くなるため、複雑な文章になると理解できなくなり、誤解も生まれやすくなる。

手話は世界共通ではない

 手話は世界共通だと思われがちだが、各国でまったく違った手話がある。アメリカとイギリスでの手話が違うため、「英語手話」というものは存在せず、あるのは「アメリカ手話」と「イギリス手話」である。国連傘下の「世界ろうあ連盟」によると世界には7000万のろう者がおり、日常的にいずれかの手話を使って生活をしている。

 そして、音声言語にも方言があるように、手話にも方言が存在する。その多くが、単語レベルでの違いだが、同じ「にわとり」という単語も日本国内だけで16種類も発見されている。

 このように、「手話」は日本語とは全く違う言語なので、日本語による筆談では対応しきれないことも多い。もちろん、難聴者や中途失聴者であれば手話を使わない人が多いので筆談での対応で十分ということになるが、手話を母語とするろう者にとって、日本語は文法、構造、などが違う第二言語なので、難しい会話になると理解が難しい。

 実際に市役所の福祉課にヒアリングを行うと「病院で筆談をしてもらったが、理解できないため、改めて後日、市役所の手話通訳士をわざわざ予約し、手話に翻訳をして内容を理解する」という、ろう者も存在するとのことだ。

 筆談の場合は、一方が書いている時間は、もう一方が待つ必要があるので、仮に日本語での対応が可能なろう者であっても、時間は倍以上必要となってしまう。手話のほうが、情報効率が圧倒的に良いため、対応する側の立場からも対応時間が短縮できる。

 一般的に聴覚障がい者と一括りにしていたものが、今回、日本語をベースにコミュニケーションを行う「難聴者」と「中途失聴者」、手話をベースにコミュニケーションをする「ろう者」とでは全く違った生活をしていることがわかって頂けたと思う。
(文=大木洵人)

大木洵人(おおき・じゅんと)
シュアールグループ共同創業者、代表。手話通訳士。1987年群馬県生まれ。「聴覚障がい者と聴者の本当の意味での対等な世の中を作れないか」と考え、2008年にシュアール(ShuR)を大学2年生で創業。「手話ビジネス」を実現するべく、遠隔手話通訳や手話キーボードなど、手話のIT事業を多数展開する。スローガンはTech for the Deaf。アショカ・フェロー(東アジア地区初)。Forbes 30Under30 World 2013 / Asia 2016。ロレックス賞ヤングローリエイト。世界経済フォーラムGSCメンバー。TEDxTokyo2012スピーカー。グッドデザイン賞2010。社会起業塾修了。藤沢市委員、群馬県人会連合会理事。慶應義塾大学環境情報学部卒。

医療ガバナンス学会発行「MRIC」2017年7月27日より転載