大河FC・浜本敏勝【写真:加部究】

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【短期連載第1回】子どもの発想力を豊かにする「魔法の言葉」――大河FC創始者・浜本敏勝の育成哲学

「サッカーは自己表現と助け合いのスポーツ。ああせい、こうせいと言われて何が楽しいのか」――浜本敏勝(大河FC代表)

 大河FCは1974年に浜本敏勝が創設し、40年以上の歴史を刻んできた。広島屈指の育成型クラブで、歴史を俯瞰すれば木村和司、森島寛晃、田坂和昭ら多くの日本を代表する名手を輩出している。

 また浜本の薫陶を受け、指導経験も積んできた畑喜美夫は、生徒主導で進める「ボトムアップ理論」の提唱者として、今ではサッカーに限らず各界が注目する育成リーダーとして活躍している。

 27歳で当時最高だったB級ライセンスを取得した浜本は、以後17カ国を巡り、育成指導の現場を視察してきた。それから8年後には、すでに少年指導の変化の必要性を訴えている。

「少年サッカーの問題点として“サイドコーチ”がある。全てを教え込まれた少年は、サイドから言われないとプレーできない。言わば、ロボットかモルモットのようになってしまう」

 ベンチを見ないと判断ができない。ワールドカップでの戦いぶりを振り返り、優勝したイタリア(2006年ドイツ大会)との比較で日本代表の課題が浮き彫りになったのは、それから30年近く後のことだった。

浜本の教えを体現した、木村和司の“ちゃぶる”プレー

 逆に浜本は30年以上前から「何もかも全てを教えるのではなく、自主性、個性を大切にして、自分で考え、自分で決定し、子どもたちが勇気を持ってプレーできる指導へ」と舵を切ることを提唱し、試合が始まれば指導者にも父兄にも「ノーコーチング」を徹底してきた。

 そしてまさに浜本の指導を見事に反映し、大成したのが日本代表でも10番を背負った木村だった。

 大河FCの後輩に当たる畑が監督を務める広島観音高校(当時)が全国高校選手権への出場を果たした際に、木村は選手たちに向けて挨拶をした。

「みんな、サッカーをしていて何が楽しい?」

 試合に勝つこと、ゴールを決めること……など様々な答えが出た。木村はニヤリと笑って話し始めた。

「ワシは、ピッチの中で相手をちゃぶる(翻弄する)ことだな。相手の嫌なことを見つけて、そこを突く。普段やったら苛めになるけど、ピッチの上では許される」

 思えば、木村のサッカーは、相手の裏をかくことがテーマだったかもしれない。それを観る側はファンタジーと称賛した。

 浜本の脳裏には、小学生時代の木村のエピソードがしっかりと刻み込まれている。

「先生、今、相手を騙しとるんだよ」

 ある試合中の出来事だった。

「オイ、和司、もうちょっと動けよ」

 すると、口を尖らせた木村が寄って来た。

「先生、今、相手を騙しとるんだよ。なんで、ばらしちゃうの?」

 浜本は半ば感心して頭をかいた。

「ああ、すまん、悪かったなあ……」

 そもそも浜本自身が、他人から「ああせい、こうせい」と指示されるのが大嫌いで、だからこそサッカーを選択した。

「サッカーの魅力は、ああしよう、こうしよう、と自分を表現できるところです」

 大河FCには、こうして自分で考え表現する伝統が脈々と受け継がれている。

(文中敬称略)

◇加部究(かべ・きわむ)

1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。