今日は何かの日だった気がするけれど、すぐには思い出せない。そんな経験をしたことが、きっと誰しもあると思う。

そうして思い出せなかったことすらも忘れた頃、何気なくSNSを見ているとスクロールしている指が止まるのだ。「あっ…!?」画面にはお祝いされている友人の姿。そうか、あの日は誕生日だったんだ……。こんな時の"やってしまった感"たるや。

人は時々、こうした物忘れを「ひどい」「薄情だ」と言われてしまう。今までは、忘れてしまったのだから謝るしかなかったのだけれど、先月発表されたUniversity of Canadaの研究結果は、その助け舟になってくれるものだった。

忘れるのは、
「情」ではなく「脳」の関係

細胞や分子の働きを専門としている、システム生物学の研究者ブレーク・リチャーズと、ポール・フランクランドが、こんな発表を。

脳は、"最も正確な情報"の伝達を助けるためではなく、"最も有益な情報"を伝達するために働いている。日々新たな情報が入ってくるなかで、物忘れをするということは、質の高い情報を残すための脳の機能とも言える。

例えば、友人の一番のポイントになるのは、家族構成や誕生日だろうか?小学生の時は、「どんな子なの?」と聞かれてそれを答えていたかもしれない。けれど今は、どこで働いているのか、結婚をしたかどうか、といった情報のほうが"有益"だと脳は判断するというわけ。

今でも頻繁に連絡を取っているなら、記憶はどんどん更新されていくはず。疎遠にならず仲良しでい続け、入ってくる情報量が多いほど忘れていく量も増えるのは、脳がパンクをしないように機能している証拠。逆に、最近はほとんど会っていない人との思い出のほうが、細かいことまで覚えていたりするのかもしれない。

つまり、薄情だから忘れてしまうわけではない。自分自身が大事だと思う情報が、必ずしも脳にとって大事だと判断されるかどうかは、わからないのだから。

「誕生日を忘れるなんてひどいな〜」って言われてしまった時は、「脳がパンクを恐れるくらい、楽しい思い出が増えてるってことだから」って、許してもらえないかな?

Reference:Switch to Standard View The Persistence and Transience of Memory