「しかみ像」。武田信玄との戦に負けて自陣に逃げ帰ったときの徳川家康を題材にした


 近年、日本の工芸作品に見られる「超絶技巧」への関心が高まっている。

 明治時代の美術品に注目が集まりがちだが、現代の作家にも超絶的な技巧を駆使して、作品をつくり上げている人たちがいる。明治時代と変わらぬ技法で木彫作品をつくる、仏師の加藤巍山(かとう・ぎざん)さんも、その1人だ。

 仏像を制作するときは敬虔な信仰心を形にし、日本の古典や歴史を題材にした創作作品では優れた造形感覚を発揮。単に伝統を守るだけでなく、一作家として「現代アート」の世界を果敢に切り開いている。

 加藤さんの工房を訪ね、「木」という素材への思いをうかがった。

加藤さんの作品『恋塚』(2016年)。源平時代の逸話を作品にする。古典に材をとりながら、人物造形はきわめて現代的だ


[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

高村光雲の5代目の弟子

──どのようなきっかけで、仏師になられたのでしょう。

加藤巍山氏(以下、敬称略) 24歳の頃に、浅草の江戸木彫師の作品を見て感動したのが、きっかけです。欄間などの平面的な作品をつくられている方でした。その頃、人生にやや迷いが生じていたのですが、「これだ」と直感して、弟子入りを志願しました。

 その師匠のもとで、まず7年ほど修業。やがて仏像を彫りたいとの思いが強くなり、仏師の岩松拾文師に師事。そこで6年ほど修業し、38歳で独立しました。

──明治時代の仏師、高村光雲(※)の流れを汲まれるそうですね。

加藤 はい。高村光雲の弟子の系譜をたどっていくと、師匠が4代目、私が5代目となります。

(※)高村光雲(1852〜1934年) 明治から昭和にかけて活躍した仏師、彫刻家。息子に詩人・彫刻家の高村光太郎がいる。

加藤巍山さん。1968年、東京都生まれ。仏師、木彫作家。後ろは制作中の「しかみ像」


西洋から伝わった「星取り技法」

──工房に木彫だけでなく、粘土像や石膏像があるのが意外でした。

加藤 「星取り技法」という方法で、制作しているからです。この技法では、木彫りをする前に、原型となる石膏像が必要なんです。

──制作方法を詳しく教えていだだけますか。

加藤 石膏原型を、星取り機(写真)という専用の器具を用いて、木に写し取る技法です。原型の上に基準となる点を打ち、それと同じ所に木の上に点を付けていきます。無数の点を繋ぐことで、複雑な形でも再現できるのです。この点を「星」と呼ぶので、「星取り」という名があります。

加藤さんが使用する「星取り機」


──江戸時代から伝わる技法ですか?

加藤 いえいえ、もともとは西洋彫刻で使われていた技法を、明治時代に日本に取り入れたのです。発祥は古く、古代ギリシャ・ローマ時代に、石像などを彫刻するのに利用されていたといいます。日本では、高村光雲の工房で活用されていたようです。

──この技法の継承者は、他にいらっしゃいますか?

加藤 おそらく今の時代、この方法で木彫を制作されている人は他にはいないと思います。師匠の時代から、ほとんどいらっしゃいませんでした。

──ある意味、無形文化財級ですね。

加藤 どうでしょう(笑)。非常に手間と時間のかかる技法なので誰もやりたがりませんが、誰かに伝えなければいけないんでしょうね。

──師匠からは、ほかにどんなことを学ばれましたか。

加藤 仏像を彫るときの基本的な心構えです。仏像は、毎日、拝まれるものなので、形を真似るだけではダメと言われました。

 師匠は普段、口数の少ない方だったのですが、ある日「信仰心がこもると良い仕事ができる」とおっしゃった言葉が深く印象に残っています。私もそのことを大切にしています。

工房には制作中の仏像の粘土像や石膏像が並ぶ


歴史や古典から着想、当時の空気感も表現したい

──今、制作されている「しかみ像」は、徳川家康の逸話に基づくものですね(冒頭の写真)。武田信玄との戦に負けて、命からがら自陣に逃げ帰ったときの姿を描かせた絵が元です(※)。仏像以外の作品は、歴史を題材にされることが多いのでしょうか?

(※)「しかみ像」の元となった「徳川家康三方ヶ原戦役画像」はこちら。

加藤 そうですね。もともと日本の文化が好きなので、歴史や『平家物語』などの古典から着想を得ることが多いです。

──絵画から立体作品をつくるのは、難しいことでしょうか?

加藤 立体にするのは、さほど難しくありません。ただ歴史を題材にした場合、さまざまな資料や本を読み込み、咀嚼して自分の血肉にしてから作品へと昇華させます。そのあたりが難しくもあり、面白くもあるところです。

 この「しかみ像」で家康がつけている装束も、鎌倉時代頃のものを元にして描かれています。戦国時代の武将は鎌倉武士への憧れが強くあったようです。そうした当時の空気感も表現したいと思っています。

──制作期間は、どのくらいですか。

加藤 粘土像に1カ月。そこから石膏で型を取ります。木彫りの作業は、この作品ですと、2カ月くらいです。

木には「命の尊厳」が宿る

──規則正しい生活を送られているそうですね。

加藤 朝7時に工房に入って、夜の8時まで作業を続けます。眠かったり、疲れていたりと、思考が明快でないときに導かれた形は信用していません。だから規則正しい生活を心がけています。

 私の仕事は、木の命をいただき、そこに新たな命を刻むものです。それだけに作品を永遠に残したいとの思いが強くあります。

──木の魅力とはなんでしょう。

加藤 木そのものに「力」があることです。何百年と生きてきた木が、作品の素材です。おのずと「命の尊厳」が宿りますし、畏敬の念を抱きます。それは、祈りにも似た気持ちです。

 日本人は古くから、木を信仰の対象にしてきました。「木に惹かれる」という感覚は、この国に生まれた、私の遺伝子の深いところに刻まれているのかもしれません。

(※)加藤巍山さんの作品は、9月16日〜12月3日に東京・日本橋の三井記念美術館で開催される特別展「驚異の超絶技巧! - 明治工芸から現代アートへ -」に展示される予定です(同展は、2018年以降、岐阜県現代陶芸美術館、山口県立美術館、富山県水墨美術館、あべのハルカス美術館に巡回の予定)。

筆者:菅谷 淳夫