筆者は生命保険のプロとして10年以上のキャリアがあります。仕事柄「死」に接する機会は多いのですが、身内を亡くされた方々から「葬儀」に関する不満を耳にすることが少なくありません。まず料金が不明瞭であること、そして、手違いやスタッフの「慣れ」から来る癇に障る言動などがその対象で、多くの人が「納得できないが仕方ない」と感じているようです。

葬儀会社を決めるまでの「時間」

 つい先日、筆者の父が亡くなりました。長年闘病を続け、年齢も80代中盤で「大往生」と言えますが、亡くなった以上は葬儀を執り行う必要があります。お客様から「不明瞭な料金」については随分と聞いていたので、その時が来れば、複数社から見積もりを取るつもりでしたが、ここで直面するのが「時間」です。

 病院で亡くなると、遺体は院内の霊安室に移動されますが、ここに安置できるのは2〜3時間程度で、その後は自宅か葬儀会場の安置室に運ばなければなりません。さすがに自分の車に乗せて帰るわけにいかず、まずここで専門業者に依頼する必要があります。つまり、葬儀会社を決めないといけないのです。

 時間がない中、ネットで検索すると「NHKや『ガイアの夜明け』に取り上げられた」といった売り文句がやたらと目立ち、次に「○○万円セット料金」などの言葉が続きます。いざ問い合わせてみると、セット料金とはかけ離れた金額を提示され、それら売り文句とはだいぶ異なりましたが、よくよく説明を聞くと見積もりの内容には整合性があり、決して根拠のない値段ではないのです。

 むしろ「○○万円セット」はとても簡素化されたもので、実際、ほとんどの人は選ばないとのことでした。客寄せパンダ的なものなのでしょうか。そうこうしているうちに、父が葬儀の「共済タイプ」に加入していたことが分かりました。これは、毎月数千円を一定年数積み立てれば、死亡時の葬儀費用をまかなってくれるというもので「葬儀共済」などと呼ばれます。

「人質」に取られた共済金

 こんなことに気付かないくらい皆慌てていたということでしょう。「既に支払っている」ことと、全国展開している上場企業という安心感もあり、すぐに連絡したところ、迅速に父を自宅まで運んでもらえました。しかし、提示された葬儀費用は、先ほどの複数社の見積もりよりも割高で、そこから父が積み立てた「共済金」が差し引かれている、というものでした。

 つまり、葬儀費用の一部を父が生前に「前払い」していただけということになります。しかし、改めて広告を見るとあたかも全てをまかなってくれる印象で、不都合なことは小さな文字で記載があるのみ。共済金の範囲でできることは先述の「○○万円セット」と同じレベルです。

 いま振り返れば、こうした共済制度よりも、複数社に「競争」させた方が安価になる可能性が高いのではないでしょうか。むしろ、前払いしてしまえば、共済金という「人質」を取られているようなもの。少しくらい高くてもその会社にお願いするしか選択肢がありません。実際、今回も前払い分の共済金を引いて「他社と同じ水準」になりました。父がどこまで理解していたのかは不明ですが、「家族に迷惑をかけたくない」という老人の心を逆手に取っているのなら、怒りを禁じ得ません。

 その後も、指定した「香典返しの品」を間違えるなどのミスがあり、葬儀後に責任者から謝罪されましたが、驚いたのはスタッフの大部分が実は「業務委託」であり、その葬儀共済を主催する大手企業の社員ではないことです。話を聞くと、ほとんどのスタッフは地元の小さな葬儀業者で、この時も「当日の当番」である個人事業主が説明に来ました。大企業が会場を作り、広告を打って「会員」を集める、そして葬儀は地場の中小業者に丸投げするという構図です。

「人の死」をビジネスにすること

 問題なく葬儀を執り行ってくれれば、雇用体系は何でもよいのですが、今回のようにトラブルが発生するとその責任の所在はあいまいで、広告手法や料金体系も含め「不誠実」という感想しか持ちませんでした。

 保険屋と葬儀屋。いずれも「人の死」をビジネスにしているため、一般の方からすれば関わる機会が少なく「よく分からない」と思われがちです。しかし、そうであるからこそ、提供する側の姿勢が試されるのだと実感しています。

(株式会社あおばコンサルティング代表取締役 加藤圭祐)