在宅医療・みとりが本当にベスト? 子育て中のがん末期看病を経て思うこと

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 住み慣れた家で家族に囲まれ、必要な医療処置を受けながら過ごすという「在宅医療」。歌舞伎俳優の市川海老蔵さんの妻で、今年6月に乳がんのため亡くなった小林麻央さんのケースでも注目された。少子高齢化を背景に国も在宅医療を推進し、住まい・医療・介護・予防・生活支援が連携した「地域包括ケアシステム」の構築に取り組んでいる。一方で、行政の支援がカバーできない問題もある。子育て中に夫(享年46歳)のスキルス胃がんが発覚し、1年2カ月の闘病、そして病院での死別を経験した立場として、在宅医療に対して感じた“壁”について記したい。

■病院側は在宅医療に理解を示してくれたけど…

 「1人で幼児から中学生まで5人の子育てをしながら、在宅医療に本当に対応できますか? 奥さんの負担が心配です」。2016年8月初旬、都内の緩和ケア専門の病院の院長が、私に問いかけた。「夫の希望ですから、叶えてあげたいのですが…。無理でしょうか?」と伝えたが、院長はかなり心配げだった。

 そのときついていた看護師さんは「全力でサポートします。だんなさんがおうちに帰る方向で頑張りましょう」と言ってくれ、結局、病院が段取りをしてくれたケアマネジャーとの打ち合わせ、介護保険の申請、自宅への介護ベッド設置手配なども済ませた。ところが、夫の体力の急激な低下から、在宅医療への切り替えが困難に。夫は亡くなるまでの2カ月半を病院で過ごした。

■発見が難しく、進行の速い「スキルス胃がん」

 その1年前、45歳まで病気知らずだった夫は、突然の食欲不振により内科を受診。初検査から1カ月半後に「傍大動脈リンパ節と腹膜への転移有りのスキルス胃がん」と告知された。毎年、検診も受けていた中での青天のへきれき。いわゆる、ステージ検8業巣の手術ができない=いかに延命し、家族との時間を長く過ごせるか―。これが夫と私たちの課題となった。

 国立がん研究センター中央病院への通院での抗がん剤治療に加え、がんに効くと言われている食材なども取り入れていた夫だったが、進行の速いスキルス胃がんの前には、無力だった。しかし、抗がん剤の効果で、激しい副作用と闘いながらも、体調のよい時期を確実に延ばすことはできた。健康な人並みに食事が取れたり、自宅で普通に過ごしたり、家族で日帰りの遠出を楽しめたり、息子の野球の応援に行ったり、5歳の末っ子と親子向けイベントに出かけたり…。限りある延命期間だと医師から言われていても、あきらめずに病気と闘い、限られた楽しい時間を喜ぶ本人を前に、そのころから「終末期のケア」について相談したり、調べたりすることは、当時はできなかった。

■死が迫る中で命を少しでも延ばすために

 闘病開始から1年後の7月半ば、夫はがん性リンパ管症による呼吸苦のためにがんセンターに緊急入院。終末期の準備をということで、住んでいる地域の緩和ケア専門病院を紹介された。この地域の受け入れ先がスムーズに見つからないケースのほうが、実は多いらしい。がんセンターの主治医から、いったんは抗がん剤の打ち切りを提案されたが、夫は、8月初旬と9月初旬に予定されていた娘の中学校吹奏楽コンクールまで生き延びるために、抗がん剤治療を続けることを選択。緩和ケア専門病院も、抗がん剤投与のために2週間おきに国立がんセンターに介護タクシーで移動して入院することをサポートしてくれた。最後の抗がん剤が奏功し、食欲と体調が持ち直した夫は、車椅子で娘の演奏を聴きに行くことができて喜びの涙を流し、その約1カ月後に病院で亡くなった。中学生と小学生、幼児の4人の息子たちも残して。

■子どもたちに普段通りの生活を

 闘病中ずっと、「お父さんが少しずつ死に近づいている」という不安を抱えながら過ごしていた子どもたち。そんな子どもたちに、お父さんのことを考えながらも、常にお父さんのことが頭を離れないのではなく、学校や自分の活動を思い切り楽しみ、それを支えに前に進んでほしいというのが、当時の気持ちだった。

 現実問題として、体力、抵抗力が極端に低下し、酸素吸入器や栄養剤の点滴の管がつながれた夫に、活発なたくさんの子どもたちが頻繁に出入りする、限られた広さの家で過ごしてもらうことは、厳しかったのではないかと感じている。衛生面も心配だったし、小学生や幼児の子どもたちはにぎやか過ぎて、がん末期のつらい症状を抱えた患者には、負担になることもあるだろう。高校受験を控えた息子もいた。

 結局、子どもたちは最後の2カ月半の入院中、体調の安定している時を狙って、数回お見舞いに行ったきりだった。夫には子どもたちのお見舞いをしっかり受け止めるエネルギーも、残されていなかった。

■「おうちで見送れなかった」という思い

 家族にとって何がベストかを悩みぬいて精一杯過ごしたつもりでも、私に悔いは残った。麻央さんの件で在宅医療のよさがクローズアップされているのを見ると、「おうちで家族みんなが見送ってあげられなかった寂しさ」にも襲われた。

 麻央さんも6月4日のブログ投稿の中で、在宅医療の大変さについて触れ、「子供達のいるリビングと、私の部屋では、まったく違う世界が繰り広げられていて」とつづっている。ブログには2人のお子さんたちとの心温まるやり取りも日々記されていたが、「穏やかな時間」よりも、ブログにつづられていた骨転移の痛みや呼吸苦と闘う壮絶な時間のほうが多かったのではないか、と想像している。子育て中の在宅医療に関しては、複数の大人、子育てと看病の空間を分けられる環境、常時看病に専念できる人の存在があってこそ、現実的になるように感じている。体制が整えられない中で無理に在宅医療に踏み切っても、家は激震に見舞われてしまう。

■病院で死ぬのは×?

 在宅医療が可能か不可能か、選ぶか選ばないか、そして、病院で最期を迎えるか、自宅で最期を迎えるか。これは、それぞれの闘病経過や看病の環境によって考えられ、選択されるべきだが、患者本人と家族の意向が一致しないケースもあるだろう。今回一番感じた難しさは、あきらめないで病気と向き合う患者本人に対して家族は最期の迎え方の話をしにくく、看病するほうも迫りくる死になかなか向き合えないということ。そして、そんな中で進行の速いがんが、治療の選択ややめ時、最期の迎え方などの選択を次々とつきつけてくるという現実だった。

 核家族が多い世の中で、親の介護だけでなく、若くしての伴侶の発病などで、子育て中に闘病や終末期の迎え方の問題と向き合うことになる人も、少なくないのではないだろうか。核家族にとっては壁がまだまだ高い在宅医療。病院で亡くなるのが×、自宅で亡くなるのが◎ではない視点からも、家族の死に向き合ったときのための多様な情報提供やサポートがされてほしいと願っている。