SDエイバルに所属するMF乾貴士【写真:田中伸弥】

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日本とスペインの大きな違い。プロになる選手の特性

 16/17シーズンのリーガ最終節ではバルセロナを相手に2ゴールを奪い、6月には日本代表復帰も果たした乾貴士。彼はいかにして現在の地位を築くことができたのだろうか。8月7日発売の『フットボール批評issue17』では乾へのインタビューを敢行。その言葉からは、多くの日本人選手に通ずる課題が浮かび上がってきた。先んじてその一端を紹介する。(取材・文:小澤一郎)

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 多くの日本人選手にとって憧れの地でありながら、同時に鬼門でもあり続けたラ・リーガにおいてようやく「成功」という言葉を用いることのできる日本人選手が乾貴士(SDエイバル)だ。

 昨季の最終節バルセロナ戦では、敵地カンプ・ノウで衝撃の2ゴールを奪い、チームは敗れたものの大きなインパクトを残して16/17シーズンを締めくくった。

 筆者は兼ねてからラ・リーガが日本人選手にとって「最難関」という持論を持つ。なぜなら、ラ・リーガは日本人選手に最も欠けている戦術面のレベルが欧州最高のリーグであるからだ。

 スペインの育成年代ではジュニア年代から当たり前のようにきめ細かい戦術指導がなされ、10年スパンの育成期間で選手は着実に戦術メモリーを増強していく。

 一方、日本は特にジュニア年代で数多くのボランティアコーチに頼る脆弱な育成環境で「小学年代からの戦術指導は早い」といった議論や意見がいまだに残っている。

 長年、日本とスペインのサッカーを取材していて最も違いを感じる点は、プロになる選手の特性だ。日本では足元の技術に長けた「上手い選手」を高く評価し、そうした選手がプロになる傾向がまだまだ強い。

 しかし、スペインでは足元の技術に優れていなくともプロで活躍する選手が意外にも多い。足元の上手さは選手評価における一つの要素でしかなく、最終的には「サッカーを知っている選手」でなければ厳しいプロの世界で残れない。

 だからこそ、2010年前後に到来したスペインサッカー黄金期を支えたシャビ・エルナンデス、イニエスタといった選手はスペインでは「サッカーを知っている選手」と評価されている。

 日本での彼らの評価はパスサッカーを支える「パサー」や「テクニシャン」であったが、こうした文化や解釈の違いは些細なことであっても育成年代の10年で考えた時には「失われた10年」と表現できるほどの大きな差になっている。

「チームで守る時のポジショニングの大事さ」が理解できるようになった

 日本における乾貴士の評価やイメージは間違いなく「足元の技術があるテクニシャン」、「ドリブラー」だった。しかし、少なくとも昨季の乾のスペインやチーム内での評価は「守備で穴を作らない戦術レベルの高いサイドアタッカー」だ。

 昨季の開幕直後は一発のあった新加入のベベに左サイドハーフのポジションを奪われる期間が続いたが、結局オフ・ザ・ボール時のポジショニング、守備力でメンディリバル監督の評価はどんどん下がっていき、最終的には乾がポジションを奪い返した。

 このシーズンオフに『フットボール批評issue17』向けに行ったインタビューにおいて乾は「スペインで最も学んだのはポジショニングの大切さ」と語っている。

「ポジショニングの大事さというか戦術、チームで守る時のポジショニングの大事さは、一人が欠けると全部がずれて来るので理解できるようになりました。特に、スペインはみんな上手いので、一人が守備で遅れてしまうとそこから全部が崩れて、簡単に最後まで持って行かれたりします」

 日本の場合、一人のポジショニングミスを突かれてピンチを招くようなシビアな機会、試合はJリーグであっても少ない。乾も「Jリーグを見ていると、そういう守備の連動性はまだ浸透していないと思います」と話している。

足元の技術が上手いテクニシャンからの変貌

 今回の取材では昨季の最終節バルセロナ戦の映像を用いて乾の頭の中を覗き見る、つまりはSDエイバルで実践する戦術を言語化してもらうことを試みた。

 主に守備の局面を10シーンほど抜き出した上で、各局面における乾自身のポジショニングやプレーアクションの意図を一つ一つ聞いていったことで確認できたことは「ラ・リーガでプレーしたことによる戦術面の向上」だ。

 乾にぶつけた質問と内容が被るのだが、筆者はJリーグや日本のサッカーのインテンシティーが高くならない大きな理由はこの戦術面にあると見ている。

 乾自身も「チームとして守備をやってなかったら絶対にできないです」と口にしていた通り、SDエイバルのようにどの相手に対しても前線の高い位置からハイプレスをかけ、縦にも横にもコンパクトな状態を作り、相手のプレーエリアを圧縮・限定しながら論理的にボールを奪う守備戦術こそがある意味ではラ・リーガの代名詞であり、高いインテンシティーや速いプレースピードを生み出す土壌なのだ。

 乾が今、ラ・リーガで純粋にプレーを楽しめているのは「日々、新たにサッカーを知ることができている」からだと推測している。ここからわかるのは、ラ・リーガで乾が成功できた要因は、足元の技術が上手いテクニシャンからサッカーを知っている選手へ素早く変貌できたこと。

 だからこそ、インタビューの最後に「パスサッカー好き」という共通項があるように映る日本とスペインのサッカーの違いについて明確かつ論理的に見事な解説をしてくれた。

「スペイン人監督にどんどん日本に来てもらうか、選手がどんどんスペインに来てやってもらいたいですけどね。そうすると日本のサッカーもどんどん変わるんじゃないかと思います」とインタビューを締めくくった乾が今理解するサッカーや戦術レベルは必ず日本サッカー界全体で共有知としなければいけない。

(取材・文:小澤一郎)

text by 小澤一郎