現代人はもはや「多機能」を求めていない

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スイスにコンビニがないのをご存知だろうか。20時にスーパーは閉まり、夜間開いているのは、高級なレストランとバーだけ。そのため、一定の時間に食事をして十分な睡眠をとり、早朝から活動するというライフサイクルができている。

「スイスは生産性が高い。時計、金融、製薬の分野で勝ち続けている理由は、生活リズムにあるんじゃないか」。スイスを訪れた際に、野々上仁はそう思ったという。

野々上仁はインターネット草創期にネットワーク・コンピューティングの世界に入った人物で、グーグルのCEOとなるエリック・シュミットが最高技術責任者だったサン・マイクロシステムズに入社。「サンの顔」として執行役員を務めていたが、進化が激しいIT業界でサンはオラクルに買収され、野々上は2012年に起業した。

「ネットワークの負の側面に対して、違う答えを出してみたい」というのが、VELDTを起業した理由だ。

今年、野々上はスイスを訪れたとき、日本との明確な違いは「生活のリズム」と感じた。コンビニがないスイスと違い、深夜まで働き、スマートフォンなどの電子媒体に翻弄されながら不規則な生活を送っている。「日本では便利さの裏側で副作用が生じている」と、彼は言う。

スマートフォンなど、高度なIT機器が日常生活に欠かせない一方で、その”便利さ”に振り回される。選びきれないほど選択肢が多い情報や、使いきれない機能。最先端がライフサイクルをかき回しているように思えた。

このときのスイスの体験から彼が考えたビジョンが、「ライフ:テック リバランス」だという。このビジョンをもとにVELDTが開発したのが、コネクテッドウォッチ「VELDT LUXTURE(ヴェルト ラクスチュア)」である。

野々上と組んだのは、著書『デザインマネジメント』で知られる田子學。慶應義塾大学大学院特任教授であり、「エムテド」代表の田子は、プロダクトデザインだけでなく、組織や地方といった目に見えにくいものをデザインという発想で変えていく取り組みを続けている。

では、二人が開発に取り組んだ、「VELDT LUXTURE」から、野々上の概念「ライフ:テック リバランス」を解読してみたい。



現代人はもはや「多機能」を求めていない

「ライフ:テック リバランス」とは、心身のバランスがとれている状態を指し、外部から来る大量の情報を軽減し余裕ある時間をつくると同時に、セルフケアやコンディショニングができるリズムをつくらなくてはならない、と野々上は言う。

画面を見なくても情報の享受ができる「ヴェルト ラクスチュア」は、スマートフォンと連動し、柔らかい光がメッセージの受信や活動量、天気など必要な情報だけを抽出する。多機能性を掲げたコネクテッドウォッチと異なる点である。

内部には、光量や活動量を計測するセンサーが組み込まれているという。現在、国立精神・神経医療研究センターと連携し、そのシステムを活かしたアプリケーションを開発している。これが実現すれば、睡眠の質や量が適正かどうか、安定した体調が続くかどうか、数値をもとに時計が判断して知らせてくれる。

野々上は日本人の5人に1人が不眠症に陥っていることを指摘し、「自分でペースをつくらなければ情報の渦に巻き込まれてしまいます。自分の時間を捻出するための利便性を追求し、本当に必要な機能だけを厳選して搭載しました」と、開発時の信念を語った。

日本に眠る職人技と技術力

一方、時計は田子にとって初めての取り組みとなった。田子が苦心したのは、「最先端技術を腕時計に新規搭載することによって生じる問題の解決」と言う。

田子は通信用電波や充電の機能など、一般的なアナログ時計では起こり得ない難問があったことを明かし、こう振り返る。

「日本の職人の方々が長年かけて培った技術をふんだんに取り入れることで問題をクリアすることができました。日本で開発したからこそ、最高級の質感と最新のテクノロジーを持ち合わせたコネクテッドウォッチを生み出せたと思います」


アートディレクター/デザイナー 田子學

野々上も開発時、時計の本場スイスと、エレクトロニクスの本場シリコンバレー、その両面を兼ね備えた日本の実力を感じたという。

「スイスには優秀な時計職人が大勢いますが、エレクトロニクスの高度な技術は持ち合わせていません。一方エレクトロニクスの本場シリコンバレーは、電子的な技術力はあるものの時計職人がいませんよね。しかし日本には職人の技もエレクトロニクスもあります。日本で開発する意義を改めて実感しました」と振り返った。

コネクテッドウォッチから見えるIoTの未来

昨今、アップル社をはじめ世界中の腕時計メーカーが競うようにコネクテッドウォッチの開発を進めている。しかし、多すぎる機能の理解に販売の現場は苦戦。時計業界が混乱しているのも事実だ。

売り場の選定ひとつとっても明確な答えはなく、野々上は「百貨店や家電量販店、コンセプトショップなど候補を挙げながら実験を重ねていく必要があると感じています」と直近の問題点を述べた。だが、今後コネクテッドウォッチの増加により流通網は洗練されていく見込みだという。「今までのような型にはまった売り方とは違う販売方法を見出す店舗が徐々に現れるでしょう」。

最後に田子はこう言う。

「時計のいいところは生産品でありながら一つずつ必ず手が入っているところ。腕時計業界は今後エキサイティングな世界になりそうで楽しみです」