法律的に「OKな怒り方、NGな怒り方」

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パワハラはいけないが、甘いことばかり言っていたら仕事は回らない。では、どうすればいいのか?

近年はパワハラに対する企業側の関心が変わってきたという。労務問題に詳しい千葉博弁護士は次のように語る。

「社内からパワハラをなくそうと頑張っていたら、こんどは上司が萎縮して部下をまともに指導できなくなり、組織が機能不全に陥り始めました。最近はそのことに危機感を抱いた経営層から、『どうすればパワハラにならずに叱れるのか。管理職に教えてあげてほしい』という要望が寄せられます」

■法的に問題がない「キレ方」とは

パワハラはいけないが、かといって甘いことばかり言っていたら仕事は回らない。組織として成果を出すために、ときにはキレることも必要だろう。どのようなキレ方ならば問題ないのか。

完全にアウトなのは、叩く、蹴飛ばす、胸ぐらをつかむといった「有形力の行使」だ。はっきり暴力とわかるものだけではない。たとえば紙くずを投げつけるといった行為も有形力の行使に当たるため、許されない。

微妙なのは、机をバンと叩いたり、大声を出したりして部下を威嚇するキレ方だろう。

「パワハラかどうかの判断では、行為の『異常性』と『継続性』が問題になります。机を叩くこと自体は行為の形態としてありえるため、異常性は低いですが、何度も叩けば継続性の点から違法となるリスクがあります」

注意したいのは、人前で叱ることだ。晒し者にしたとしてパワハラ認定されるおそれがある。

ただ、いちいち二人きりにならないと叱れないというのでは、叱るタイミングを逸しかねない。いったいどうすればいいのか。

■「キレず我慢」にも法的リスクがある

ヒントになる判例がある。ある損保のサービスセンターで、課長が部下をメールで叱責した。パワハラだとして部下が会社を訴えたが、論点の一つが、本人だけでなく他の従業員数十人にもメールを送って晒し者にしたことだった。

「この事件では、最終的にメールの表現について違法性が認められる一方、他の従業員に送ったことについては叱咤督促する趣旨で、目的は是認できるとされました。つまり、失敗を共有することが業務上必要ならそれだけではパワハラにあたらないということ。逆に、そのミスに関係ない他の部署の人間にまで知らせるようなキレ方はアウトです」

ところで、この事件で違法性が認められたのは、叱責の表現が不適切だったからだ。具体的には、「意欲がない。やる気がないなら会社を辞めるべきだと思います。(略)あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか」といった表現が問題視された。

「具体的な基準を明確にしたうえで、『これができないと評価されない。ボーナスが下がる』といった言い方なら正当な指導と言えるでしょう。しかし、『辞めちまえ』『おまえなんかクビだ』というように、雇用の根本にかかわる言葉を使って叱責するのは、叱責した側にマイナス要素となります」

そのほかに危険なのは、「親の顔を見てみたい」など、生まれや育ちに関わる言葉もパワハラ認定されやすい。

部下に対してキレる際、気をつけたいことがもう一つある。いきなり爆発させるのではなく、きちんと手順を踏んでキレることだ。

ある企業に、遅刻の常習犯がいたが、会社からの注意は口頭のみ。本人が始末書の提出を拒み続けていたために、客観的に指導、処分したという文書での証拠がなかった。ついに遅刻の回数は約1年半の間に180回に到達。ずっと我慢していた会社もついにブチ切れて、その社員を懲戒解雇にしてしまった。

1年半に遅刻回数180回は、十分に懲戒解雇に値する。しかし、解雇された社員が会社を訴えたところ、会社側が負けてしまった。その理由を千葉弁護士はこう解説する。

「指導、処分した証拠がなく、問題社員に是正の機会を与えなかったと認定されたからです。たとえば遅刻が目立ち始めた段階で口頭注意して、それでも直らなければ停職や減給。さらに最後の手段として解雇という流れなら問題はなかったはず。我慢を重ねたのちに突然キレるのは法的リスクが高い。キレるなら計画的に手順を踏みつつキレるべきです」

■指示には従いつつ抗議する

これまで上司側に許されるキレ方を見てきたが、鬱憤が溜まっているのは部下側も同じ。ろくでもない上司に対して、部下はどこまでキレることが許されるのだろうか。

原則として、有形力の行使がいけないのは上司側と同じだ。では、上司から理不尽なことを命じられたとき、無視したり拒否するのはどうだろうか。法的には、意味のない作業や苦痛の大きい作業に命令としての効力はなく、拒否しても問題ない。たとえば上司の家の草むしりなどは、業務に関係がないので拒否が可能。長時間労働などの過重な労働や、追い出し部屋に入れて何もさせないといった過小な労働も違法性が高く、拒否してもかまわない。ただし、これはあくまでも理論上の話だ。実際に拒否することにはリスクがつきまとう。

「会社側は無理やり理屈をつけて、業務上必要だったと主張するでしょう。たとえば嫌がらせでひたすら就業規則を書き写させるというケースがありますが、これはグレーで、まったく業務に関係がないとは言えません。拒否したら業務命令違反、キレて帰ったら職場放棄と言われて逆に処分を受けるかもしれません」

会社や上司に向かってキレることにリスクがあるとしたら、泣き寝入りするしかないのか。

「要はキレ方の問題です。会社側に処分の口実を与えないように、いきなり実力行使するのではなく、まずは指示に従いながら抗議すべき。いまはどの会社もコンプライアンスに敏感ですから、この人に訴えれば動いてくれるという上司が直属の上司以外にいるはず。味方になる人をあらかじめ見つけておくことが大事です」

会社や上司に対しては、このようにリスクを極力減らしながら、したたかにキレることが理想だ。ただ、精神的に追い込まれると、判断力が働かずに戦略的にキレることが難しくなる。ヘタに我慢しないで、早めにキレることを心がけよう。

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千葉 博(ちば・ひろし)
弁護士。1990年に東京大学法学部を卒業し、翌年司法試験合格。これまでに扱った事件は5000件以上、現在も年間数百回法廷に立つ。著書は『労働法 正しいのはどっち?』(かんき出版)など多数。
 

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(ジャーナリスト 村上 敬)