2017年5月、アメリカである大企業のニュースが話題を呼んだ。そのニュースとは、米IBMが同社の在宅勤務従業員に対して、退社もしくは地域別に定めたオフィスに通うかの選択を迫ったというもの。

4年前には米ヤフーもテレワークの縮小を宣言しており、テレワーク先進国であるアメリカの大企業がテレワークの廃止に方針を転換しつつあることが報じられた。そんななか、日本政府は率先してテレワークを推進し、普及率を上げようとしている真っ只中だ。果たして、米大企業の方針転換は日本にも影響するのだろうか?

「アメリカにおけるテレワークや在宅勤務は、週に5日間ずっと自宅で仕事をするケースが多いです。そもそも、オフィスから数100km以上も離れた場所に居住する社員は出社そのものが困難なので、そうせざるを得ないケースが多いです。米IBMや米ヤフーの場合は、滅多に出社しないテレワーカーの働き方をコラボレーションの観点から考え直すという話。そのため、日本で一般的な『週に1〜2日程度のテレワーク』とは、もともと性格が違うんです」

そう語るのは、情報通信総合研究所ソーシャルイノベーション研究部主任研究員・國井昭男氏だ。國井氏は、長年に渡りテレワークの研究を重ね、日本テレワーク学会の副会長も務めている。

「現在も、アメリカでは9割近い企業がテレワーク制度を導入しているので、テレワークの規模が縮小しているという状況ではないです。日本とは状況も目的も違うので、影響は少ないと考えられます」

国の事情はそれぞれ。すべてを他国になぞらえることはできないのだ。

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国策とは裏腹、進まないテレワーク導入

政府は、2020年の東京オリンピック開会式の日である7月24日を2017年からテレワーク・デイと定め、参加企業を対象に一斉テレワークを実施するなど、その導入に力を入れている。しかし、実際のところテレワーク導入企業は増えているのだろうか?

総務省「通信利用動向調査」および国土交通省「テレワーク人口実態調査」をもとに國井氏が作成


「日本でのテレワークの普及には、2つの観点があります。ひとつは、テレワークを導入している企業はどれくらいあるのか、という企業ベースでの普及率。もうひとつが、ワーカー視点での普及率です。総務省が行った調査では、2016年のテレワーク導入企業は13.3%、国土交通省が行なったテレワーカー率は12.9%となっています。グラフを見てもわかるように、企業導入率はだいたい10%前後を推移していますね」

ちなみに、総務省の調査対象となっているのは、100人以上の従業員を抱える企業。一般的に、大きな企業はテレワークを含めた“働き方改革”に取り組んでいる比率は相対的に高いと想定されているので、全国の中小企業も含めた場合は、13.3%よりも低くなる可能性は高いとのこと。国策とは裏腹に、テレワークの普及はまだ余り進んでいないようだ。

企業がテレワーク導入を拒む理由

テレワークという働き方を、すべての企業や人が歓迎しているわけではないことは、導入企業が13.3%という低い数字を見れば明らか。なにゆえ、これほどまで定着しないのだろうか。

「テレワークを導入していない企業に聞き取りをすると、圧倒的に多いのが『うちの仕事はテレワークではできない』という回答。いわゆる『適用業務範囲問題』ですね」

テレワーク制度を導入している企業であっても、社員側が制度を利用していないケースも。その理由の多くが「自分はヘッドオフィスでしかできない業務を担当しているから」となり、企業の回答と一致しているという。

それでは、実際にテレワークを導入している企業にとっても、「適用業務範囲」の問題が障壁となっているのだろうか?

「じつは、導入企業の多くは適用業務範囲が問題になっているというケースはほとんどありません。私の主観ではありますが、ホワイトカラーの業務はどの会社も大きな差があるとは思えないので、工場勤務などの場所の制約がない限り、ヘッドオフィスでのテレワークの導入は難しくないのでは、と考えられます」

適用業務範囲を始め、テレワークの導入を阻む要因として挙がる「労務管理」「情報セキュリティ」の問題についても、すでに克服できているテレワーク導入企業が多いという。ここで、あるテレワーク導入企業の例を見てみよう。

週に1日の在宅業務を採用した某社のケース


某社は、テレワーク導入前まで、週に10時間前後の時間外勤務が平均的だった。そこで、テレワークが可能な業務を週に1日の在宅勤務日に集約したところ、業務効率と生産性が向上し、時間外勤務の平均が週に6時間にまで削減することができたという。

「仕事には、自分ひとりで完結できる“自律的業務”と、誰かと一緒に進めなければならない、あるいは誰かと行なったほうが効率的な“非自律的業務”があり、日本の多くのサラリーマンはこの2つを会社で行なっていると思います。しかし、自律的業務はテレワークに切り替えたほうが、周囲にジャマされず短時間で効率的にこなすことができ、生産性が向上するという結果が出ています」

ただし、國井氏いわく「これはキレイな話」。実際に効果を上げるためには、テレワーク中の社員の業務の状況をきめ細かく把握し、マネジメントする業務が発生するため、中間管理職の負担が増えることを懸念する声も多い。

そして、テレワークを導入した企業には「コミュニケーション」と「生産性の担保」という課題が残る、と國井氏。

「会社にいなくても、適したツールを使えば対面での会話やテレビ会議も可能です。ところが、オフィスにいるときの“雑談”や“職場の雰囲気をつかむ”といったコミュニケーションは可視化が難しく、テレワーカーとヘッドオフィスの間で共有できない部分でズレが出てくる可能性は高いです」

また、テレワークのメリットとされている「生産性」についても、普及を阻む要因になっているケースもあるそう。

「テレワークを導入した企業の多くは『生産性が上がった』とおっしゃるのですが、じつは確証があるわけではないんです。日本の企業は、日頃から生産性を測っているわけではないので、テレワーク実施前のデータがなく、実施後と比較することができない。そのため『生産性の向上』について信用できる客観的なデータは少なく、テレワーク未導入の企業は懐疑的になっている、という意見はよく耳にします」

生産性が上がる保証もなければ下がる保証もない現状では、“失敗するくらいなら何もしない”ことを選ぶ企業が大半なのだ。

新型インフルエンザの流行がテレワーク導入のきっかけに?

まだまだ少数派ではあるものの、国策として進めていることもあり、テレワークに対する認識は変わってきている、と國井氏は語る。

「もともと日本におけるテレワークは、女性が結婚や子育てで退職してしまうことを防ぐという目的で始まった働き方なんです。企業が女性社員のために作った福利厚生策という面が強く、20世紀の初めまでは政府のテレワーク推進ポスターでも、母親が仕事をしながら赤ちゃんを抱いているようなイメージのものが少なくありませんでした」

長らく「テレワーク=女性のもの」というイメージが定着していたが、2006年発足の第一次安倍政権は「テレワークで生産性を高める」という政策を打ち出したという。

「当時のテレワークの概念からすれば、突き抜けた方針だったのですが、歴代の内閣の中で企業の生産性という観点からテレワークを推奨したのは安倍内閣だけ。現在の第二次安倍内閣でも、そのスタンスを保ちながら力を入れているので、広く国民に認識され始めたとも考えられます」

その後、新たな働き方としてワークライフバランスが注目を集めるなど、人々が“働き方”そのものに目を向けるようになった2009年。テレワークの導入企業率が19.0%にまで急上昇した時期があったという。

「じつは、2009年は新型インフルエンザが世界的に大流行した年なんです。当時は、新型インフルエンザの情報が少なく、多くの企業が『インフルエンザ患者が家庭にいる場合も出社停止』という措置を取り、それでは会社が回らなくなってしまうことで大騒ぎになりました。しかし、もともとテレワーク制度を導入していた企業は在宅勤務で乗り切ったと話題になったのです」

この一件から、テレワークの制度とツールを導入する企業が増加。その翌年には12.1%まで比率が下がってしまったが、新型インフルエンザが「テレワークに男女は関係ない」という考え方が広まるきっかけとなった。

「テレワークは女性のものという認識は変わりつつありますが、いまだにその見方を持っている人が多いことも事実。普及と定着には時間がかかるかもしれません。何より、テレワークを導入することが目的になっている企業が多く、それが普及を遅らせている可能性もあります」

テレワークの導入は“目的ではなく手段”と捉えることで、導入のハードルを下げることができるはず、と國井氏は語る。

「テレワークは生産性を高めたり、従業員が働きやすい企業をつくるための、ツールのひとつなんです。テレワークが企業に適していれば導入すればいいし、適していなければ導入しなければいいだけの話。それぞれのワーカーにとって、都合がいい働き方を選ぶことが、理想の働き方といえるのかもしれません」

まずは、すべての働く人たちが個人に合った働き方を選べる社会を目指すことが、テレワーク普及のカギとなる。

筆者: Kayo Majima (Seidansha)