indigo la End『Crying End Roll』が傑作である理由 全曲解説でバンドの本質を考察

写真拡大

 2017年に入ってからの川谷絵音の活動は、ちょっと常軌を逸していると言っても過言ではないほど活発化している。

 まずは1月、ゲスの極み乙女。のベーシスト休日課長の新ユニットであるDADARAYの楽曲制作を、川谷が担当することが明らかとなる。3月には、昨年9月より活動休止となっていたゲスの極み乙女。の活動再開を発表。5月には『ぼくは麻理のなか』(FOD(フジテレビオンデマンド))の劇伴音楽を担当する事が決定し、オープニングテーマをindigo la Endが担当することも同時に発表された。さらに、休日課長とのボカロPユニット「学生気分」を結成し、ゲスの極み乙女。の楽曲「小説家みたいなあなたになりたい」(最新アルバム『達磨林檎』収録)のVOCALOIDバージョンのPVが、ニコニコ動画にて公開された。

 そして7月12日、indigo la Endによるおよそ1年ぶりのメジャー3rdアルバム『Crying End Roll』がリリースされた。バンド名のインパクトからか、ゲスの極み乙女。が川谷の“本命バンド”であり、indigo la Endを含む他のプロジェクトは“課外活動”と捉えている人は、割と多いかもしれない。しかし、本作を一聴すればそれが大きな誤りであることにすぐ気がつくだろう。『Crying End Roll』は、川谷のキャリアの中でも最も重要な1枚であることは間違いないし、日本の音楽シーンにも一石を投じるほどの傑作なのだ。

 本作は、ほぼ1年かけて断続的に作りためてきた楽曲を、一枚にまとめたもの。例えばリード曲の「プレイバック」は、昨年リリースされたメジャー2ndアルバム『藍色ミュージック』のレコーディングセッション中に生まれた曲。その一方で、DADARAYの活動と並行しながら、締め切りギリギリになって完成した曲もあるという。そのため、サウンドプロダクションに何か一貫したテーマやコンセプトがあったわけではなく、ポップスやオルタナ、ジャズ、ポストロック、アンビエントなど、彼らの雑多な音楽性がそのまま放り込まれたアルバムに仕上がっている。

 テーマやコンセプト“ありき”で作っていないぶん、練り上げられた曲順によって様々な解釈ができるようなギミックが、随所に散りばめられているのも川谷らしい。1曲ずつ聴いていこう。冒頭を飾る「想いきり」は、本作の中で最もシンプルなアレンジである。終わりゆく夏の残像のようなリバーブに包まれた男女混成のファルセットに導かれ、〈「私が何人目なの?」〉と歌われるインパクト大な歌詞によって、一気にindigo la Endワールドへと引き込まれる(もちろんこれは、先行公開された「プレイバック」のPVで、女優の安藤倫子が発するセリフにかかっているのだが)。インスト曲「End Roll I」以外、全ての収録曲にコーラスで参加しているのは、indigo la Endだけでなくゲスの極み乙女。のサポートコーラスも務める佐々木みおとえつこ。えつこは本作のサウンドの要となっているキーボードも担当している。

 2曲目の「見せかけのラブソング」は、川谷自身が「具体的に明確に俺がやりたい音があったので。コード感もいつもとちょっと変えてみて、気に入っています」と語っているように(参考:indigo la Endインタビュー(skream!))、これまでのindigo la Endにはなかった新境地と言えるもの。シンコペーションを効かせたリズム、1拍目をあえて抜いたベースライン、キラキラとしたシンセサイザーの音色、そして、経過和音を効果的に用いたコード進行が、Prefab Sproutを思わせる最高に美しい楽曲である(特に、〈意味もなく怖くなった〉の、“怖く”の部分のコードに注目!)。ちなみにギターの長田カーティスは、この時期「4度のハモリ」にはまっていたらしく、この曲と次の「猫にも愛を」で活用している。

 その「猫にも愛を」は、E-Bowを用いたようなロングトーンのギターと荘厳なオルガンの音色が印象的。突然レゲエのリズムになったり、途中で“語り”が入ったりと意外な展開が訪れるが、基本的にはシンプルなアレンジで、そのぶん〈ニャーって〉という歌詞の部分でのコードAdim(キーはG#)が、絶妙なスパイスとなっている。

 続くインスト「End Roll I」は、8曲目の「End Roll II」と同様、当初このアルバムに収録される予定だった楽曲「Play Back End Roll」ありきで作られたという。実はアルバムタイトルも、『Play Back End Roll』になるはずだったが、肝心のタイトル曲が収録されなくなったため急遽『Crying End Roll』になった。そんな、中心が空洞になったような“そこはかとない欠乏感”も、本作の魅力の一つなのかもしれない。川谷のプログレ愛が炸裂したような、トリッキーかつ不穏なコードワーク。ここにインストを持って来たのは、続く「鐘泣く命」の歌詞をじっくり聴いてもらうために、リスナーの“耳”をリセットさせようと川谷が仕掛けた工夫だ。

 ドラマ『ぼくは麻理のなか』(FOD(フジテレビオンデマンド))のオープニングテーマに採用された「鐘泣く命」は、2番のサビから徐々に盛り上がっていくアレンジが川谷のお気に入り(参考:indigo la End 1年ぶりの新作で迎えた分岐点(音楽ナタリー))。スラップ奏法を織り交ぜた、うねるような後鳥亮介のベースラインと、トリッキーなフィルインを繰り出す佐藤栄太郎のドラミングがこの曲の推進力であり、入り乱れる後半の展開は圧巻である。

 「知らない血」は、キンキンと倍音が鳴り響くメタリックなギターサウンドがBattlesを彷彿とさせる。禅問答のような歌詞世界も含め、アルバムの中で異彩を放つ曲だ。「ココロネ」は言うまでもなく前作に収録された曲で、ここでは1994年生まれの若き女性トラックメーカー、Qrionがリミックスを担当。オリジナル曲はひんやりとしたファンクミュージックだったが、彼女によってダブステップ的なアレンジへと驚くべき変化を遂げている。

 〈エンドロールが聞こえる 戻らなきゃ あの日に 戻らなきゃ 君の元に〉と、とうの昔に「不可能だ」と諦めながらも「幻想を追い求めちゃう」という(参考:indigo la Endの本音 誤解された現状と川谷絵音の切実な願い(CINRA))、川谷の心の叫びをポエトリーリーディングに託した「End Roll II」を経て「プレイバック」へ。「巻き戻し」という意味もあるこの曲への繋ぎも心憎い演出だ。「プレイバック」は、前述したように前作『藍色ミュージック』のレコーディング時期に書かれた曲だが、拍のアクセントを激しくずらしながら、崩壊一歩手前のアンサンブルをギリギリのバランスで保ち続けるという、ポストロック的なアプローチが秀逸。こんな狂った曲を、ゼロからスタジオで作り上げたというのだから、このバンドの底知れぬポテンシャルに改めて驚かされる。

 「天使にキスを」は、後鳥お気に入りの楽曲。ルートに徹したシンプルなベースと、重心の低いドラミングが楽曲のボトムをしっかりと支える中、まるで「もう一つのメロディ」のように動き回るギターフレーズが印象的だ。このギターの音色は、シンバルの倍音が歪んだギターサウンドのように聞こえたという川谷から、「こういう音で」とリクエストされて作ったものだという(参考:indigo la End 1年ぶりの新作で迎えた分岐点(音楽ナタリー))。

 「エーテル」は、川谷が事あるごとに敬愛の意を表している、ゆらゆら帝国の楽曲「美しい」へのオマージュ曲である。アコギとピアノを主軸としたアレンジは、これまでのindigo la Endにはあまりなかったアプローチだ。そして、アルバム最後を飾るのは、ちゃんMARIのリミックスによる「夏夜のマジック」(『藍色ミュージック』収録)。全体的にデモ音源のようなくぐもった音質と、ピアノをフィーチャーし、逆回転のループなどを加えたアンビエントっぽいサウンドが、有終の美を飾るに相応しい。リミックス未経験だったちゃんMARIに、このような大役をオファーする川谷の慧眼にも感服せざるを得ない。

 6月23日に東京・EX THEATER ROPPONGIで行われたライブ『Play Back End Roll』で、本作について川谷は、「目に見えないところまでこだわって作っているから、そういう部分もちゃんと聴いてほしい」と語っていた。

 聴き込めば聴き込むほど、各曲に込められたルーツミュージックへの憧憬&敬愛と、同時代の音楽に対するシンパシーをひしひしと感じる。このアルバムは、未知の音楽と出会う喜びや興奮をもリスナーに与える傑作なのだ。(文=黒田隆憲)