21歳で"スナック"を開業 新米ママの6年

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「古臭い昭和の遺物」「おじさんたちの憩いの場」「料金システムがわからない」と、若い世代の足は遠ざかるばかりのスナック。しかし、今も飲み屋街を歩けば、スナックの看板はいくつも光り輝いている。なぜ、スナックはなくならないのだろうか――。一人の若きママの話から見えてきた、経営学としての「スナック入門」。

■大森の飲み屋街の片隅で

「オープンして半年くらいたった頃かな。酔ってお客さまと2人だったのに寝てしまって、目が覚めたら、そのお客さまが火にかけたお通しの鍋を混ぜてくれていたことがありました」

開業当時の失敗談を、カウンター越しの彼女は懐かしそうに思い浮かべる。場所は東京都大田区の大森駅。「地獄谷」「長屋横丁」などで知られる昔ながらの酔いどれの街。その一角にある「スナックAmi」の亜美ママだ。彼女は2011年、21歳の時に同店をオープンさせた。

21歳でスナックをオープン……。子を持つ親ならば、その行為をどう受け止めるだろうか。「スナックなんてやめなさい」と言うだろうか。ちなみに、アベノミクスでは起業支援という形で国が民間でのスタートアップを促したが、リスクが怖いのか、思うように数字は伸びていない。そのような状況がある一方で、スナックの開業であろうとも支援もなしに自分の力で何かを始めた彼女の存在は、“酔っぱらい”の目からは興味深く見えた。さらに亜美ママのお母さまが店を手伝い、娘を支えているのも不思議な光景だ。

■「スナックブーム」とはいえ……

近年では芸人・玉袋筋太郎氏はじめ、各界のスナックファンたちもスナックを盛り上げようと立ち上がっている。最近では首都大学東京の谷口功一教授(法哲学)をはじめ、著名学者らが本業の合間にスナックを本気で研究した『スナック研究序説 日本の夜の公共圏』(白水社)なる著書まで出版し、一種のブームになっている。

ただ、高度経済成長下の日本ならいざ知らず、スナックが飲み会の2次会、3次会の定番場所であったのは今や遠い昔。経営者であるママらは高齢化し、先輩が後輩を飲み屋に連れていくという文化も希薄となったいま、顧客までも高齢化している。若者のなかには「何やら怪しい場所」というイメージが定着し、スナックという業態は衰退の一途にあるのが現実だ。なぜスナックなのか。

「じつは中学生の頃から地元・大森で焼き鳥屋のバイトをしていました。そこでいろんな方と出会う機会があり、社会勉強としてスナックにも連れていってもらって。大森には昔からスナックが多くて当たり前のように目にしていたけど、店に入ったのは初めてでした」

中学生だった彼女がスナックという場所で目にしたものは何だったのか。

「最初はオジサンの来る場所だと思って怖かったんですけど、そこでは別々に来たお客さん同士が会話したり、歌ったり、無邪気に笑いあっているんです。それを温かい目で見守りながら、時に冗談を挟むママがいて、一緒に楽しんでいる。つられて私も楽しくなってきて『なんだこの場所は』と衝撃を受けました。同時に、私もこんな店をやりたいと思ったんです」

■全国で10万軒以上

彼女は学校の進路相談で「スナックをやりたい」と打ち明け、担任を驚かせた。中学卒業後は高校に通いながら焼き鳥屋のバイトを週5〜6日と増やし、大真面目に開業資金を貯め始める。高校を卒業すると、クラブのホステスとして水商売を勉強しながら、さらにお金を貯め続けた。

“銭の花の色は清らかに白い。だが蕾(つぼみ)は血が滲んだように赤く、その香りは汗の匂いがする”ってか。

とはいえ不思議なものだ。幼き頃の亜美ママがスナックにそこまで魅了されたにもかかわらず、日本ではこれまで、スナックは経営やビジネスの研究対象にはなってこなかった。都築響一氏や玉袋氏の関連名著はあるが、つまるところ飲みの流儀や文化のハナシである。

先に触れた書籍『日本の夜の公共圏』では、2013年当時の日本全国に存在するスナックの数が紹介されており、その数は概算で10万軒を超える。同時期、美容院が23万軒、不動産屋が12万軒、居酒屋が8万軒とあり、減少傾向にあるものの、スナックが巷にいかに多いかが伺い知れる、にもかかわらずだ。

■開業に必要なものは?

なぜスナックはなくならないのか。ここでは、一人のママの「起業」を追いながら、スナックをビジネスという視点から迫ってみたい。

一般的にスナックは、飲食業のなかで相対的に開業資金が少なくて済み、始めるのが容易だといわれる。ただし、口でいうほど簡単ではないことは事前に断っておく。

まずはハコとなる店舗物件を借りる費用。保証金と前家賃、不動産仲介手数料なども含め、一般的には家賃月額の8〜12カ月分位が目安とされている。仮に家賃20万円なら160万円〜240万円だ。次に内外装・設備工事費。まっさらな状態であれば、一坪あたり約50万円前後から、こだわれば100万円は優に超える。

また、営業にはイスやテーブル、食器、照明、音響など什器・備品なども必要となる。事前にお酒も必要だろう。さらに運転資金として最低でも3カ月分の経費、家賃などを確保するのが常識とされ、ゼロからともなると、どんなに少なく見積もっても500万円以上のお金は必要となる。

スナックに欠かせないカラオケ機器の導入も必要だ。これはリースか買い取りかの選択があるが、リースであっても初期費用に加えて年間最低でも60万円以上が必要となる。

「昔のことで忘れましたけど、大変だったのは役所に出す書類の多さですね」と亜美ママが言うように、開業のための手続きも煩雑だ。

まずは「風俗営業」の許可をとる必要がある。また、午前0時以降も営業する場合には「深夜種類提供飲食店営業」の届け出が必要となる。ほかにも、店で軽食やお通しなども提供するので「飲食店営業許可」が必要だ。店の収容人員が30人以上の場合などには、消防法の規定により「防火管理者」を置く必要もあり、ともに講習に参加しなければならない。

手続き的には個人事業主として税務署にも届け出をする必要がある(「個人事業の開業・廃業等届出」)。青色申告を行う場合であれば「所得税の青色申告承認申請書」も必要だ。

■粗利率はおよそ7割

それ以外にも法律や各都道府県の条例で定められた、場所や設備、騒音についての規制もある。

単なる会社登記して「起業しました」というよりはるかに難しい。ママは遊びほうける同世代を横目に自力でコツコツと金を貯める一方、独学で学んだというから、大したものだ。

しかし疑問は深まるばかりだ。スナックに、そこまでかける魅力がどこにあるのか。「起業」後の経営コストで他業態と比較してみよう。

たとえばママ一人のこぢんまり経営。1人5000円のセット料金で焼酎(キンミヤ)飲み放題でカラオケ歌い放題(キープボトルは別料金)を、1日5人の客相手に週5日営業したとして、1カ月の売上高は50万円とする。

その原価はというと、キンミヤ1升(1800ml)で1350円。それが720mlのボトル2.5本分となり、1日5人分なので2升を使用する。それで2700円。1カ月で5万4000円だ(原価率は10.8%)。水光熱費は業態によりけりだが5%前後。カラオケはリース代+著作権料で月々15%前後。おおよその粗利率は70%前後となる。

■ほそぼそとであれば息は長い

他業種はどうか。飲食店は粗利率70%前後が理想だといわれるが、実際はロスも含め、60%あればいいところだろう。粉もので原価率が低いとされるラーメン屋が粗利率70%前後といわれ、スナックはそれに匹敵する。

注目すべきはその先の利益率だ。いくら粗利率が高めのラーメン屋でも、1人の客の単価は千円前後。それでスナックと同じように1日5人の客で週5日営業したとすると、1カ月の売り上げは10万円前後。それで果たして家賃や人件費をまかなえるだろうか。他の飲食店も利益率でみると20%〜30%が理想といわれるが、実際は10%を切っている店は少なくない。

しかしスナックは基本、ママひとりでも営業でき(場合によってはセルフサービス状態)、月の売り上げ50万円に対し、家賃10万円(売り上げに対し20%)としても、人件費がかからなければ利益率は50%前後となる。概算であれ、この利益率は脅威的だ(ただし、スナックの客層は地縁者の常連か、なじみの客が多く、新規客は広告を使っても期待できないという欠点もある)。ようはスナックは、売上高はそこまでなくとも、ほそぼそとであれば息の長い業態だといえる。

■スナックで「社会貢献」

そして、もう一つ注目すべきなのは、スナックの存在が地域の人々のつながりに貢献しているという点だ。スナックが近年企業経営で注目される、自らの事業活動を通じて社会の抱える課題を解決する「社会貢献的経営」そのものである――と言うといい過ぎだろうか。

亜美ママが店をオープンした頃といえば、2008年のリーマンショックを機に日本経済が低迷していた時期でもある。当時、大森周辺の飲食店も次々に閉店に追い込まれた。

「だからこそ、お客さまが一人で来ても楽しめるような店を作りたかったかなぁ。地元のためになることを、何かやりたかったという思いがあった」

今では「スナックは、酒を出せば商売が成り立つものではない。客と店の人のやりとりというより『人』対『人』の部分が大きい」と痛感し、いかに「お客さまにとって居心地のよい空間」を作れるかが重要なのだと悟る。

■人はなぜスナックに行くのか

客側も、なぜスナックに行くのか事前に何軒かの店で尋ねると、単に飲むだけではない。「愚痴が言える」「社交場」「安心できる居場所」だからという声が多かった。地方ともなると地域交流の場も兼ねているだろう。スナックは、ただの夜の飲み屋じゃない。道端の雑草のような扱いを受けても、“社会的企業”と同じくらいの価値を持っているといえる。

だからこそ人を惹きつけてやまない――。

グラス片手にそんなことを考えていると、店のドアが開いて3人組の年配男性客が入ってきた。どこかで飲んできた帰りだろう。陽気な調子でカウンターの椅子に腰かけ、ママと会話を始めた。立て続けに、今度は女性客も来店。無粋な話はこれまでだ。

あれよあれよという間にカウンターはいっぱいとなり、カラオケ大会が始まった。いま店にあるのは、かつて中学生だった頃のママがスナックに魅了された、あの空間そのものではなかろうか。

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安部次郎(あべ・じろう)
1978年生まれ。週刊誌記者。主に経済の取材を得意とする。玉袋筋太郎番として実践的にスナックを学んだほか、全国各地での事件取材時に地ならしで数々のスナックを訪れるなど豊かな経験を持つ。

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(週刊誌記者 安部 次郎)