Tesla Model S のダッシュボード〔PHOTO〕gettyimages

写真拡大

米テスラが先日、世界初となる普及価格帯(3万5000ドル〜)の電気自動車「モデル3」を発売。一方、独アウディや米ゼネラルモーターズ(GM)は来年早々、高速道でハンドルやアクセル、ブレーキから手足を離して走行できる、「レベル3」の(限定的)自動運転機能を市販車に搭載する。

大方の予想を上回るスピードで進む技術革新の中で、激しく変貌する自動車産業の新たな構図が見えてきた。そこには従来の自動車メーカーに加え、グーグルやアップルに代表される大手IT企業、あるいは米ウーバー(Uber)のような新興のライドシェア(相乗り・配車サービス)業者など様々な業種が絡んでくる。

「100年に一度」の覇権争い

中でも一際注目されるのは、自動車メーカーとIT企業の力関係や位置付けが今後、どう変わるかだ。自動車産業は今、冒頭の電気自動車と自動運転への移行による「100年に一度」とも言われる転換期に突入しようとしている。

その際、20世紀の世界的なモータリゼーションを実現してきた米GMやトヨタのような巨大企業が、果たして自動運転やライドシェアなどを端緒とする21世紀の新たなモビリティ産業を再びリードできるのか(つまり目まぐるしい変化に対応できる、敏捷で革新的な企業へと生まれ変われるのか)?

それとも世紀を跨いで「AI(人工知能)」など意表を突く技術力によって急成長してきたIT企業が、従来の自動車産業から21世紀の覇権を奪い取ってしまうのか? そして自動車メーカーは、IT企業に車体を提供するだけのサプライヤーになってしまうのか? これらの点が今、問われている。

Tesla Model S のダッシュボード〔PHOTO〕gettyimages

もちろん自動車メーカーとIT企業が必ずしも対立するとは限らない。両者の間で連携・協力を模索する動きもある。

たとえばスウェーデンのボルボ(中国・吉利傘下)は、今後、自動運転をはじめクルマのスマート化を実現していくために、(IT業界に属する)グーグル(アルファベット)やウーバーと提携する方針を固めた。

が、世界的な自動車メーカーの多くは(IT大手と提携するよりも)自主的に自動運転技術を開発する方向にある(ただし各社とも米Nvidiaと提携し、ディープラーニングの開発に適した特殊なボード・コンピュータの供給を受けるなど、完全な自主開発というわけではない)。

そこには「IT関連の技術力を持ったベンチャー企業を買収する」という方法も含まれる。たとえばGMは自動運転技術の開発を手掛けるシリコンバレーの新興企業、「Cruise Automation」を10億ドルで買収。この技術を使って、同社製の電気自動車Boltを自動運転車へと改造し、テスト走行を実施してきた。

日本のトヨタ自動車も大手IT企業と提携するよりは、むしろ自主開発の方向にある。2016年には、米シリコンバレーに「Toyota Research Institute」を設立。5年間で10億ドルを投じて、「ドライバー支援」や「自動運転」を中心とする次世代技術を開発していく方針だ。

最近、その成果として歩行者と衝突しそうになると自動でハンドルを操舵して事故を回避する「自動操舵機能」をお披露目したばかりだ。

差別化のカギは制御系システム

GMやトヨタのような大手メーカーが自動運転の自主開発にこだわるのは、仮に、この部分をグーグルに代表される巨大IT企業に任せてしまうと、次世代の自動車産業の主導権を彼らに奪われてしまう恐れがあるからだ。

これからの自動車はその駆動(動力)系システムは従来のガソリン・エンジンから電気モーターへ、また制御系システムは手動運転から自動運転へと移行する(もちろん運転好きのドライバーのために手動運転モードも残されるが、両者は音声命令やボタン操作などで簡単に切り替わるような仕様になるだろう)。

その際、駆動系システムでは当初こそ「バッテリーの充電時間」や「一回の充電による走行距離」、あるいは「電気モーターのパワー」など各社間である程度の違いは生まれるにせよ、そうしたメーカー間の格差は時間の問題で縮小していく。

この種の技術は、その開発の方向性が直線的で単純明快であるだけに、ちょうど半導体の微細加工技術のように、いずれはほぼ頭打ちして各社間で大差がなくなってしまうはずだ。

これに対し制御系システムの方は、各社のAI開発力や設計思想に応じて、自動運転の効率性や安全性に非常に大きな違いが出てくる。それはまた多様性に富み応用範囲が広いだけに、必ずしも時間の問題で格差が縮まるという類の技術開発でもない。

つまり次世代自動車の差別化の鍵を握るのは、駆動系よりも制御系システムにある。となると、自動車メーカーはIT企業の下請け(車体サプライヤー)になりたくなければ、今から相応の資本を注いで、高度な制御系システムを担うITの開発力を蓄えていく必要がある。

IT企業化するドイツの自動車メーカー

世界的に見て、今、最も、この分野に注力しているのはドイツの自動車メーカーだ。

たとえばBMWは現在、ミュンヘンに巨大データセンターを建設中。ここで多数の自動運転車の走行テストから収集したビッグデータを解析し、2020年以降と見られる完全自動運転の実用化に向けて研究開発を進める。これに備え同社は昨年、(従来の自動車開発のために採用してきた)機械工学系の技術者よりも多くのIT専門家を採用した。

一方、(アウディやポルシェ、ランボルギーニ等を傘下に置く)フォルクスワーゲンはカナダのD-Wave製の“量子コンピュータ”を購入。これを使って自動運転技術の中核となる機械学習アルゴリズムの最適化計算や、大都市の複雑で渋滞した道路状況における最短時間ルートの探索など、多彩な情報処理を行う予定だ。

因みに量子コンピュータとは(原子や電子などミクロ世界を記述する物理学である)量子力学を超高速計算用の基本原理として採用した新種のコンピュータのことだ。D-Wave製のコンピュータが本物の量子コンピュータか(つまり本当に「量子高速性(quantum speed-up)」を実現しているか)否かは、これまで国際的な論争の対象となっており、現時点では決着がついていない。ただD-Wave製コンピュータが、極めて高速な計算ができることだけは間違いない。

参照)http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36025

いずれにせよ、フォルクスワーゲンやBMWなどドイツの自動車メーカーが、並々ならぬ決意でIT分野の研究開発に注力し始めたことは確かだろう。

IT企業による単独開発は困難

以上のように、日米独の自動車メーカーが事業のIT化に向けて走り出した背景には、グーグルやアップルなど世界的IT企業による自動車産業への進出がある。彼らは80年代以降の「パソコン」「インターネット」そして「スマートフォン」に続く、潜在的な巨大市場として「(自動運転などIT化で生まれ変わる)自動車」に目をつけたのだ。

それはまた「IoT(様々なモノにつながるインターネット)」という、より大きなトレンドを象徴する動きでもあり、これを迎え撃つために自動車メーカーはIT化に向けて舵を切った格好だ。

ただ勢い込んで自動車分野に進出した大手ITは、その後、肝心の車両開発にてこずっている。たとえば当初、自動運転の電気自動車を自主開発すると見られたアップルはその後、車体(ハードウエア)の開発を諦め、今は「自動運転機能」というソフトウエアに絞って研究開発を進めている。

グーグルもまた(少なくとも当面は)車両の開発には手を出さず、トヨタや英FCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)など既存メーカーの車両を使って、自動運転の研究開発やテスト走行を実施している。

彼らIT企業は基本的に(自動運転機能を搭載した)車載OSを開発し、これをメーカー各社に提供することで間接的に自動車産業を支配したいと考えている。これはグーグルが携帯OS「アンドロイド」で、スマホを中心とするモバイル通信産業をコントロールしているのと同じ図式だ。

先頃、「中国のグーグル」と呼ばれる百度が自動運転用の開発コンソーシアム「アポロ」を立ち上げたが、これも同じ目的で設立されたと見られている。

ただ彼らは巨額の資金を蓄えているだけに、いざとなれば世界の自動車メーカーの中から業績悪化等により時価総額が低下した企業を買収して、自ら車両(ハード)開発に乗り出すこともあり得る。これは従来、ハードからソフト、サービスまで垂直統合型のビジネスを展開してきたアップルに対して、特に注視しておくべき点だろう。

ライドシェア業者が強気なワケ

最後に非常にユニークなポジションに位置するのが、米国のウーバーやリフト(Lyft)などのライドシェア業者だ。

フォードやGMは2020年以降、(ドライバー不要の)完全自動運転を実用化することを目指しているが、いずれも当初は(個々の消費者に小売するよりも)ライドシェア業者に一括して卸販売することを想定しているとされる。

これは完全自動運転が実現した暁には、消費者は現在のようにクルマを購入して所有することがなくなる、という見通しに基づいている。つまりクルマを利用したいときには、スマホで呼び出せば自動運転車がすぐに自宅前まで来てくれるので、あえて所有する必要はない、という見方だ。

〔PHOTO〕gettyimages

これは現時点で単なる予想の域を出ない。つまり確たる社会科学的な根拠があるわけでもないが、そう言われてみれば、そんな気がしないでもない。いずれにせよ米国のライドシェア業者は強気で、完全自動運転が実現した際には、特定の自動車メーカーと独占的な契約を結ぶことはせず、必要に応じて、どのメーカーからも自動車の供給を受ける、というスタンスを示している。

ライドシェア業者はユーザー(消費者)との接点を押さえているので、そのように強気になれるのだが、実は彼らも油断はできない。なぜならグーグルやアップルのような巨大IT企業、さらには自動車メーカー自体が、自動運転車の開発・製造だけでなく、ライドシェアのようなサービス事業にまで乗り出す可能性が残されているからだ。

このためウーバーとリフトのいずれも、自動車メーカーとの提携を検討する一方で、自動運転技術の自主開発も同時並行的に進めている。

以上のように、自動運転を巡る競争は多くの場合、何らかの予想や見通しに基づいているが、一方で今から準備しておかないと、いざというときに対応できないのも事実だ。最終的には、どのように状況が転んでも対処できるだけの、資本力と周到さを備えた企業が次世代自動車ビジネスの覇権を握ることになるだろう。

「自動運転」「医療」「兵器」――「雇用崩壊」「シンギュラリティ」以前に、もっと深刻で危機的な状況が身近に迫っている