ゴゴステインゴルの夏営地は禁牧になり、土作りの家が廃墟になった=シリンゴル盟・シローンフフ・ホショー(2011年8月)

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 日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面したモンゴル国は独立国家ですが、同じモンゴル民族の内モンゴル自治区は中国の統治下にあります。近年は目覚ましい経済発展の様子が知られる一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土がどんどん失われてきているといいます。

 その内モンゴル自治区出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。

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 2001年に来日し、気づいたらすでに16年経った。

 私は、内モンゴル高原の中部に位置するシリンゴル盟のシローンフフというところに育った。草原というより、砂漠地帯で緑豊かなオアシスがたくさんあるところである。

 子供の頃は夏休みになると、シリンホト市から田舎に遊びにいくのが一番の楽しみだった。その時、私の地元では季節ごとではなく、夏と冬の二回のみ遊牧が行われていた。夏はゴゴステインゴルというオアシスの小さな川の両岸に、親戚ら7、8家族からなるホトエールというコミュニティを結成し、夏を過ごしていた。

 来日し、日本語をはじめ、いろいろな勉強に毎日が忙しかった。大学院を無事に終了後、会社に勤め、日本語を生かし、貿易関係の仕事をした。

 ちょうど、そのころ、何年前から内モンゴルでは遊牧が完全にできなくなり、いろいろな社会問題が起きていた。子供の時代に当たり前だったことが気づいたら、すでになくなっていた。

 遊牧民と言っても、従来の季節ごとに牧草地を替えながら移動する遊牧生活をしている人々はほとんどいなくなり、定住しながら牧畜を営んでいるのが、現状であり、むしろ「定住牧民」と言った方が正しいのではないかと思う。

 鉱山開発や大型農業施設などがなく、特にモンゴル国との国境近く、人口密度が少ないところでは、夏と冬に2回の移動ができる地域がすこし残っているだけである。

 私の故郷でも90年後半から、夏営地であった川のほとりが禁牧(遊牧を禁ずる政策)により、人も家畜も立ち入り禁止になり、鉄条網に囲まれてしまった。そのせいで、遊牧民たちは冬営地で一年中家畜の世話をするしかできなくなった。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮るーアラタンホヤガ第1回」の一部を抜粋しました。

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アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。