来年結成45周年を迎える「THE ALFEE」のリーダー、高見沢俊彦さんが初の小説「音叉」を「オール讀物」9月号(8月22日発売)で発表することが報道され、早くも大きな話題となっています。

「音叉」は70年代を舞台にプロデビューをめざす若者の恋と葛藤を描いた青春小説。執筆名は郄見澤俊彦。2018年夏の書籍刊行を目指して始動しました。

 発売が待ちきれない読者のために、高見沢さんが小説を執筆するきっかけとなった「オール讀物」2016年11月号の「偏愛読書館」を再録します。「最後の一行」にご注目ください。

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「偏愛読書館」──父の本棚  高見沢俊彦

 幼い頃、お気に入りの場所は父の本棚の前だった。見上げる感じで、眺めるのが好きだった。教育者だった父は仕事柄、普通の家より本は多かったが、本人自身も読書が好きだった。自分はというと、そんな父の本棚をボーッと眺めているだけで、父親イコール大人という未知の世界を垣間見ている気になっていた。

 そんな父の本棚から、いつも強烈な印象と共に目に飛び込んで来るのは、それらの本の背表紙を飾る、さまざまな本のタイトルだった。読めるタイトルもあれば、読めないタイトルもある。読めても理解不能なタイトルなどもかなりあったと思う。中でも佐藤春夫の『田園の憂鬱』や萩原朔太郎の『月に吠える』などは印象深く、今でも初めてそれらを見つけた時の情景は、記憶の片隅に残像として貼り付いている。


高見沢俊彦(たかみざわ・としひこ) 1954年、埼玉県生まれ。74年デビューの“THE ALFEE”リーダーで作詞、作曲、ギター、ボーカルを担当。

『月に吠える』はタイトルからして、狼男のようなホラーを連想するが、内容はまったく違う、いわゆる詩集で、不遜ながら、かなりガッカリしたような記憶がある。ただ『吠える』という漢字は、この本のタイトルで覚えたのは間違いない。

 しかし、読み方的にも、意味的にもかなり難関だったのが『田園の憂鬱』だ。田園というタイトルは読めても、小学校低学年の自分には憂鬱というタイトルがまったく読めない。当然、その意味もまったく理解不能だった。

 後日思いあまって、父に佐藤春夫の本のタイトルは何て読むのか聞いてみた。すると父から即座に「今は読めなくていい……いつか大きくなったら読めるようになるし、その意味もよくわかるようになるから」と突き放されてしまった。さらに父には「一冊の本には、これを書いた作家の魂が込められている。無理に分かろうとせずに、自然に分かる時が来るから、その時に理解すればいい」と、そんなような内容のことを言われた気がするが、当時の自分には父が教えようとした意図などは、半分も理解出来なかったと思う。

 当然ながら、今では憂鬱は読めるし、その意味合いも曲が出来ずに締め切りに追われている日常などと重なって痛いほどわかる。ただ、大人になった今でも憂鬱という文字を手書きで、スラスラ書けるかどうかは、はなはだ疑問だが……。

 父の本棚は日本文学が中心だったのだが、それとは真逆に八つ上の兄の本棚は外国文学が中心だった。スタインベックの『怒りの葡萄』やヘミングウェイの『誰がために鐘は鳴る』、トルストイ『戦争と平和』など、子供の自分にとってはかなり興味深い本のタイトル満載の空間だった。『怒りの葡萄』の『葡萄』があの当時はブドウとは読めず読めた後も何故? どうして果物のブドウが怒るんだ?……とか、たわいもない疑問がグルグル頭の中を駆け巡り、怒るブドウの絵を描いて兄に見せたような記憶があるが、当然完全無視……今思えば、少々変わった子供だったような気がする。

 そんな幼い頃の影響なのか、その後、個人的に本を選ぶ条件として、その本のタイトルは、かなり重要なプライオリティになってしまったようだ。例えば、柴田翔『されどわれらが日々──』、松本清張『ゼロの焦点』、島崎藤村『桜の実の熟する時』、庄司薫『白鳥の歌なんか聞えない』、三島由紀夫『美徳のよろめき』、サルトル『嘔吐』、カミュ『異邦人』、ソール・ベロー『宙ぶらりんの男』など枚挙にいとまがないぐらいだ。

 そんな本のタイトル依存症候群は、曲を作り始めた最初の頃は少なからず、その影響下にあって、何故か曲のタイトルだけボツ、もしくは要・変更をディレクターに強いられるという悲しい結末を迎えた楽曲が多々あった。覚えているだけでも『赤い砂塵と大地』、『感傷旅行』、『愛と挫折の逃避行』など、デビュー当時の一九七四年、叙情派フォークグループを目指していたALFEEにはまったくそぐわないタイトルばかりで、今思えばボツになって当然……恥ずかしい限りだ。

 しかし幼い頃、何故あれほど父や兄の本棚に執着していたのだろうか……。

 おそらくそれは家の中での、自分の置かれている状況や立場などが影響していたのではないかと思う。

 あの頃の自分は家族の中では圧倒的に下の立場であって、可愛がられてはいたが、常にみそっかす的存在に甘んじなければならなかった。それに対する反発を少なからず感じながら、釈然としない何かを感じ取っていたのだろう。

 そんな当時の自分にとって、父や兄の本棚にあった読めないタイトルの本、理解不能な本のタイトルは……未知の大人の世界への入り口のようなものだったのだ。それさえ読めれば、それさえ理解出来れば、二人に追いつける。そう本気で思っていたのかもしれない。

 今でも目を閉じると、当時の父の本棚が心象風景として浮かび上がってくる。その本棚に置けるような小説をいつか自分も書いてみたいものだ。

※この原稿は「オール讀物」2016年11月号に掲載されました。

(高見沢 俊彦)