なぜトランプ政権が不調でも米国経済は「絶好調」なのか

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原因は「ドル安」

今年の初めまでは、トランプ政権発足によって、2017年の米国経済はその状況が大きく変わるのではないかと、ある者は期待し、ある者は懸念していたが、これまでのところの「全体感」としては、2016年のそれとほとんど変わっていない。米国の景気はほぼ「高原状態」で推移している。

より具体的にみていくと、雇用環境はなおも改善傾向にある点が大きな特徴である。直近(6月)時点の完全失業率は4.4%と、米国の自然失業率と思われていた5%を大幅に下回り、なおも低下中である。

業種別では、最近は、製造業の業況改善がより目立っている。企業の景況観を示すISM景気指数では、4、5月には低下気味で推移していた製造業の指数が再び上昇に転じた。製造業の生産指数や新規受注といった指標も昨年終盤から上昇に転じ、上昇幅は拡大している。

その理由はドル安にあるようだ。

ドルの名目実効為替レートは、7月28日時点で119.4ポイントだが、直近ピークは昨年12月28日の129.1で、現在、直近ピークから7.5%のドル安で推移している。ドルの名目実効為替レートは2014年7月に下げ止まり、その後、8月より上昇に転じていた。2016年1月以降、一旦はドル安に転じたが、4月以降、再び上昇に転じ、10月以降上昇ペースが加速していた。そして、今年になって、またもや低下基調で推移している。

このドル安によって、米国の輸出は拡大傾向にある。5月時点での米国の輸出は前年比で6.2%増となった。ちなみに輸出が明確に増加基調に転じたのは、昨年11月以降である(ただし、トランプ政権になってからシェールガスの輸出が解禁されたことも寄与している点に注意)。

このようなドルの名目実効為替レートの動きは、マネタリーベースの動きと表裏一体である。マネタリーベースの減少が鮮明になったのが2014年8月からであり、2016年1月から4月にかけては、マネタリーベースは再び拡大局面に転じ、それ以降は減少に転じていた。そして、今年に入ってから、マネタリーベースは再度、拡大局面に入っていた。

すなわち、今年に入ってからのドル安は、FRBによるマネタリーベースの拡大によるところが大きいと思われる(ちなみにこの間、FRBのバランスシートの規模はほとんど変化がない。すなわち、資産価格に影響を持つのは、FRBのバランスシートではなく、マネタリーベースのようである)。

長期金利も低位安定

米国景気を「高原状態」で支えているもう一つの要因は、長期金利の低下(及び低位安定)である。米国経済に関する見通しで、年初のエコノミストのコンセンサスから大きく乖離して推移しているのが、長期金利である。現在、米国の10年物国債利回りは2.30%弱である。

年初のエコノミストのコンセンサスでは、今年の米国の長期金利は、トランプ大統領の財政拡大政策(減税、及び、インフラ投資)によって、大きく上昇することが見込まれていた(そして、この影響から、為替レートもドル高で推移すると予想されていた)。だが、トランプ政権の経済政策は、その出発点(一部、財源確保とリンクしているようであるが)であるオバマケア代替法案で、与党共和党の協力をとりつけることができず、事実上、機能していない。

トランプ政権による大型減税やインフラ投資に対する期待感もかなり後退してきており、財政政策の大転換にともなう長期金利の水準訂正というシナリオの実現可能性は限りなくゼロとなってしまったのが現実である。

しかし、この長期金利の低位安定は、米景気の中でも金利動向に敏感な部門に予想外の効果をもたらしている。

例えば、住宅投資である。住宅投資は、昨年来、「高原状態」を続けている。昨年来の金利上昇見通しから新築、中古とも一進一退を続けており、長期金利の上昇によっていつ減速してもおかしくない状況にあったが、意外と底堅く推移している。これには、長期金利の低位安定が寄与していると思われる。

加えて、今年の1-3月期には設備投資が急拡大した。米国のGDP統計によると、今年の1-3月期の民間設備投資は前年比で3.3%、季調済前期比年率換算で10.4%の増加となった。昨年10-12月期は、それぞれ、-0.1%(4四半期連続の減少)、0.9%だった。特にIT関連投資の拡大が大きく増加しているが、これは、長期金利の低下によるところが大きいと思われる。

現在の米国経済は、GDP統計をみる限り、輸出と設備投資、住宅投資が牽引している(個人消費も底堅く推移しているが、伸び率は安定しており、景気を牽引している状況ではないと思われる)。

このような長期金利の低位安定の理由はよくわからない。マーケットのコンセンサスでは、トランプ政権の経済政策に対する失望感だといわれているが、そうすると、最近の米国株式市場の活況が説明できない。

マネタリーベースも拡大中

長期金利の低位安定の理由としては、2つの可能性がある。1つは、「長期停滞」予想が持続している点である。

FRBは、雇用環境の持続的な改善と同時に(米国経済が正常化を実現させつつある証拠と認識していることを意味する)、将来の景気過熱リスクと経済が正常に向かう局面下での膨大なマネタリーベース(超過準備)の存在が資産市場にバブルを引き起こすリスクを指摘しながら、金融引き締め(利上げ)を勧めている状況であるが、米国の2016年の実質GDP成長率は前年比1.6%、今年の1-3月期も1.4%にとどまった。

これは、トランプ政権の目標である3%に遠く及ばないどころか、FRBが考える「長期目標値(Long-run Goal)」である1.8%にも及ばない。このような状況が続く限り、FRBの利上げ路線が今後も持続する保証はなく、場合によっては利上げ路線が停止するリスクがあるとマーケットが予想しているという可能性がある。

長期金利の低位安定と同時に、5年の「ブレークイーブンインフレ率(市場の予想するインフレ率)」も1.7%弱とリーマンショック以前の「正常値(2.3%程度)」には遠く及ばない点もその理由の説得力を高めている。ただし、「長期停滞論」では、最近の米国市場の株高を上手く説明できない。

2つ目の理由は、FRBによるマネタリーベースの供給増である。

理由は定かではないが、FRBは、今年初めからマネタリーベース供給量を再び増やしている。これは、利上げ路線に反する行動だが、少なくとも為替市場におけるドル安トレンドの形成には一役買っている。

このマネタリーベース拡大の局面で、FRBは、満期償還分の再投資の額を減らしていない点と、リバースレポのローリング(期間の再延長)をしなかったと思われる。

最近のマクロ経済学のフロンティアでは、このような中央銀行による資産買い入れプログラムが中央銀行のバランスシート拡大と将来における中央銀行の(財務能力の)独立性との関係性から、インフレ率や資産市場への影響を研究する動きが本格化している。

最新の研究結果によれば、中央銀行による資産買い入れプログラムは、長期金利水準の長期的な低位安定を通じて、デフレ圧力の払拭に一定の効果を持ち得るとされている(BenignoやNisticoらの研究)。この議論を応用すれば、今年に入ってからのマネタリーベースの拡大は、FRBが何らかの理由で(トランプ政権による財政拡張政策の影響を憂慮してのことかもしれないが)長期金利の上昇を抑制するような、極めて慎重な金融政策運営を選択したとの「シグナル」を市場に送った可能性がある。

この2つの理由は、筆者が勝手に考えたもので、長期金利の低位安定の理由は依然、定かではない。個人的には、後者のマネタリーベースの予想外の拡大であれば、株高、及び、資産市場のボラティリティの低下などを整合的に説明することが可能であるため、後者の方が「好き」である。

ただ、この議論は理論的な検討がようやく進み始めたばかりで、まだあやふやなところが多い。いずれにせよ、長期金利の低位安定が、設備投資の拡大と住宅投資の下支え、及び、ドル安を通じて輸出を拡大させることで、米国景気の減速を食い止めていることは明らかであろう。

FRB「資産圧縮」の影響

ところで、米国経済にとって気になるのは、雇用環境の持続的な改善の割にインフレ率は一向に上昇する気配がなく、どちらかというと減速傾向にあるという点だ。

標準的な「フィリップス曲線」の議論に従えば、雇用環境の改善が進み、完全失業率が「自然失業率」の水準に到達すれば、賃金上昇圧力の高まりが、やがて一般物価の上昇へ波及してもおかしくないはずだ。しかも、米国の場合、民間の平均時給は直近(6月)時点で、前年比2.5%の伸びを示している(2015年終わり頃からほぼ2.5%前後の伸び率が続いている)。同様に単位労働コストもほぼコンスタントに上昇している。

しかし、このような状況にもかかわらず、インフレ率は今年1-3月期をピークに減速しつつある。

これは現在の日本の状況と似ている。それゆえ、余談になるが、「完全失業率がかなり低下したので、まもなく賃金の上昇がみられ、やがてインフレ率も2%に向けて上昇し始めるだろう」という見方が日本で本当に成立するかどうか疑わしいのではないかと筆者は考えている(背後で、労働参加率の急激な低下があり、金融危機をきっかけに失職し、その後勤労意欲を失い、職探しをあきらめた「無業者」を「失業者」として換算しなおした場合の「真の失業率」の水準がまだ高いという可能性は否定できない)。

そこで、やはり、気になるのは、9月にも開始が取り沙汰されているFRBによる資産圧縮の影響である。ここまで筆者が言及してきたことが正しければ、FRBによる資産圧縮の動きは、ドル高と長期金利の上昇を通じて、米国景気にマイナスのインパクトを与えるリスクがある。これが起きれば、やがて、雇用環境も悪化する可能性がある。

そのため、FRBは、このような実体経済に悪影響を及ぼさない資産圧縮を実現できるか否かが焦点となる。それには極めて緩慢なペースでの資産圧縮が必要になると思われるが、可能なのだろうか。

もっとも、実際に資産圧縮が開始され、それが経済に悪影響を及ぼしそうになれば、来年2月のFRB議長交代に際して、トランプ政権の意を汲み取った新しいFRB議長は再び緩和スタンスに戻る可能性も出てくるし、現段階では事実上機能不全にあるトランプ政権の財政拡張政策が進み出す可能性も出てくる。そもそも、トランプ政権の経済政策の機能不全にマーケットが全く反応しないのも、米国経済が総合的には高原状態を続けていることがその背景にあると思われる。

そう考えると、FRBの資産圧縮の開始は、マーケットを揺り動かす「カタリスト(触媒)」となるかもしれない。

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