日経平均株価が2万円台になかなか定着出来ない。

 世界で最も“出遅れ”とされる日本の株式市場だが史上最高値を更新する他国の株価指数と何が違うのか? 私は日経平均(日本の大企業群=日本経済=日本そのもの)はネガティブ先行性……世界経済の成長にネガティブな要素に対して先行的に反応する性格……を有していると考えている。

三つのリスクを先行的・精鋭的に保有している国、日本

 今、世界には三つのネガティブ要素がある。

 (1)保護主義の動き(2)少子高齢化(3)地政学上のリスク。その三つを先行的・精鋭的な形で保有しているのが日本という国だという事実があるのだ。

 (1)保護主義とは日本の場合、内的、つまり国内の岩盤既得権益とそれを守る保護と規制の存在のことだ。対外的な自由貿易標榜とは相反する形で存在を続け、デフレ環境下で相対的な力を増している。それは国全体の生産性を低いままとし、新しい産業や企業が生まれることを阻止する。内なる保護主義は外なる保護主義(反自由貿易)と同一、いやそれ以上にネガティブと捉えられる。

 (2)少子高齢化は世界の先進国で進展している。中国も同様で日本は先行しているに過ぎない。先進国で唯一少子高齢化を免れていた米国もトランプ政権によって移民制限がなされれば同じ末路となる。日本はこの問題の解消に何一つ対策を打っていない。人口の多くを経済活動が著しく低下する老齢層が占め、その層に金が滞留、デフレしか知らない若青中年層は積極的な消費をせず人口は日々減っていく。個人消費という経済成長の最重要項目はネガティブなままの絶望的状況が続いている。

 (3)地政学上リスクが第二次大戦後、相対的に最も高まっている先進国が日本だという事実がある。隣国である中国、韓国との政治的緊張の高まり。そして北朝鮮という極めて危険な存在。世界を見るとロシアと近隣国、中近東の国々でもリスクは高まり続けている。日本という国はその先端にいると見なされる。

「ネガティブ先行性」を最も鋭く表すのが日経平均なのだ

 以上三つの世界を覆うネガティブ要素を先行的・精鋭的に保有している日本という国、それを代表する株価指数がネガティブ先行性を有していると認識するのは海外投資家にとって自然なことなのだ。何かあると真っ先に下がり、上がる時は一番後になる。

 その日経平均が長い膠着状態を2万円前後で見せている。これは世界の株式市場に対してどんな先行性を示しているのだろうか? 

 それを考える時、ある数字が気になった。

 1350兆円という途方もない金額の現金の存在。株式時価総額などイリュージョンナンバー(絵に描いた餅)ではない。現実に存在する現金の数字。

 7月2日付け日本経済新聞によると世界の上場企業の手元キャッシュの総額が12兆ドル(1350兆円)、10年で8割増加というハイペースでこの金額に達したという。日本のGDPの2.5倍近い額だ。

日本企業のように今や世界が莫大なキャッシュを貯め込んでいる

 上場企業が事業活動によって利益を獲得して税金を支払った後に残ったキャッシュ。それが全世界で積み上がり1350兆円になったというのだ。地域別では米国が2兆8千億ドル、欧州が2兆1千億ドル、日本が1兆9千億ドル、中国が1兆7千億ドル……。

 上場企業がキャッシュを貯め込む、これも日本の特徴とされ、先行性を有しているといえるものだ。

 私はファンドマネージャー時代に次の質問をした。

「御社は、いつ、どのように、利益を現金化出来るのでしょうか?」

 この質問を最も多くしたのは1990年代、インターネットバブル相場期だ。赤字のまま夢を追いかけ、飛ぶ鳥を落とす勢いの株価上昇を続けるネット企業たち。彼らのビジネスが将来どう利益となり、現金としてそれをどう手に出来るかを訊ねると、満足いく回答は得られなかった。その後、ネットバブルははじけ、20世紀が終わる頃、彼らの株価は一度地獄を見た。

 あれから20年近くが経ち、インターネットの夢は実現され、IT産業は世界の株式時価総額の多くを占め、利益、キャッシュを大きく稼げる存在になった。
それが1350兆円の源泉といってもいい。

株価が低迷を続けた企業に共通して聞いた質問とは?

 だがキャッシュの積み上がりは、問題なのだ。

「御社は現金を貯め込んでいらっしゃいますが、これは御社がもう成長投資をしない、出来ないということの表れではないでしょうか?」

 この質問をした企業の大半は株価が低迷を続けた。

 企業にとって成長は株価の最大の推進力だ。膨れ上がる手元現金の存在は成長への投資が出来なくなっていることを間違いなく意味する。


かつてキャッシュを貯め込むのは日本のお家芸だった ©iStock.com

 ネガティブ先行性を有する日経平均の膠着と世界の上場企業に膨れ上がったキャッシュの存在。

 気になるのは私だけだろうか。

(藤原 敬之)