TOTOのブースで「ウォシュレット」の説明を受ける来場者。温水洗浄便座はモスクワでやっとその姿が見られるようになったところで、エカテリンブルクでは初めての登場である。ただし、ロシアのトイレには電源や水栓が引き込まれておらず、実際に取り付けるにはかなり大きな付帯工事が必要となる。


 ロシア・ウラル地方の主要都市であるエカテリンブルクで、7月10日から13日まで、国際産業博覧会「INNOPROM2017」が開催され、筆者はジェトロ派遣の日本企業向け相談員として全期間現地に滞在した。

 その時の印象を中心に、日露の産業交流を描いてみたい。

 この展示会には、毎年パートナー国という主賓国が選ばれて、大きなスペースを与えられるとともに、セミナーやパネルディスカッションなどロシアとの関係を論ずる場に優先的に招聘される。今回は日本がパートナー国として選ばれた。

 このため、日本からは世耕弘成経産相、高橋はるみ北海道知事など行政の高官が訪問したことも本展示会の特徴と言えよう。 

 また会場外における文化交流も盛んで、今回日本は、パートナーカントリー文化プログラムとして和太鼓を中心にした和風テイストのプログラムを準備、エカテリンブルク国立オペラ・バレエ劇場で開会初日の夜に上演した。

 なお、このコンサートに先立ち、ウラジーミル・プーチン大統領その人による主催国挨拶があって、パートナー国日本のことを持ち上げていたのが印象深い。

 このプーチン大統領の登場は事前には知らされておらず、バレエ劇場への入場時の警備、予定時間の後ろ倒しなどから、どうも重要人物が出てくるのではないかと皆が思い始めたところでの登場で、このこと自体がロシア側によるショーであった。

 今回、5万平米を誇る展示会場にブースを設けた日本企業は170社、エカテリンブルクの地を踏んだ日本企業の出張者は800人と発表されている。

 近年これだけの規模で日本が参加したロシア国内での展示会、見本市というのは皆無であり、この影響は今後数年にわたり、エカテリンブルクをはじめとするウラル地方、さらにはシベリア地区全体に及ぶものと考えられる。

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欧米による対ロ経済制裁の影響

 北朝鮮がICBM打ち上げ成功を祝い、平壌で関係者を招待して最大級の祝宴を張ったという報道があるが、このINNOPROMにもそんな一面が感じられて仕方がない。

 すなわち、2014年夏、ロシアに対して課せられた経済制裁から3年が経過し、その間ロシアはあらゆる分野において自主独立の精神をもって産業の振興を図り、その結果が今回のINNOPROMとして凝縮した、と考えられるし、事実プーチン大統領の上記演説でもそのような大統領の気持ちが述べられていた。

 日本企業の多くは自社ブースでのアテンドが多忙で、ロシア企業中心の第2、3パビリオンを視察する時間もなかったかと思うが、そこには外見上ほぼ欧米の水準にまで達したロシア製品が並んでいた。

 筆者が特に関心を持ったDM社は、道路建設用車両の製造メーカーであった。説明を聞くと、この会社はヤロスラブリ州リービンスクに本社工場を持ち、同州に工場を持つコマツのことはよく知っていると言う。

 日本企業であるコマツがロシア国内に工場を作り、日本その他海外から輸入するコンポーネンツを組み立てて製品化しロシアという消費地に提供するビジネスが可能なら、我々にもできないわけがない、と言う。

 ただし、広範な製品を持つコマツと正面から競争しないため、DM社は道路建設機械という分野に限定。

 会社設立から20年、今や道路建設に絡むほぼ全種類の機械を提供できるまでになったDM社が意識するのは、同分野で圧倒的な力を発揮する日本の酒井重工業であり、韓国Doosanである。

 ここには、経済制裁を強化する欧米からロシアがこの種の製品を輸入することはもうない。残るは日本、韓国だけ、という思いが強いように感じられた。

 今回のINNOPROMでロシア企業ブースに行くと、このようにしっかりした企業プレゼンテーションができる担当者がどこのブースにも必ずいる。これはロシア企業の大きな成長だと言えるだろう。

 知り合いを見つけては、共に酒を酌み交わし、新規商談を督促する、これがこれまでのロシア流展示会だったとすると、なんとスマートになったものだろうか。

結局のところ、INNOPROMという博覧会の本質は、「ウラル地区の文化祭」という意味合いが強く、 商談のための機会を提供するというような高度に商業化した展示会とは初めから一線を画していた。何せ、一般市民の入場が許される時間になるや否や、人々の集まるところは、日本産の菓子類を試食できる JSN社のブースであり、間違ってもその奥の三菱電機ブースではなかった。


 しかし、説明を聞くほど、筆者の不安は高まる。すでに本欄でも何度か触れているが、現在のロシアには、部品、コンポーネンツまで全てを国産品で用意するだけのパーツメーカーが育っていない。

 この苦しみを味わっているのが日本をはじめとする外国自動車メーカーだが、工作機械では国産品を諦め、ユニット単位で海外から輸入する方式を取っている。

 ロシアメーカーは輸入したユニットを組み立て、アッセンブリーメーカーとして「Made In Russia」を名乗ることにはなるが、その実質はロシア製とは言い難いものになる。 

 DM社に戻ろう。筆者に完璧なプレゼンテーションを披露してくれた担当者に、エンジンのメーカーを尋ねる。担当者はちょっと間をおいて、「カミンズ製です」と言う。そして、「酒井もカミンズを使っています」と付け加える。

 筆者の不安は、今やディーゼルエンジンのワールドスタンダードになったカミンズをロシアの建機が使っていることにあるのではない。 米国政府により、ある日カミンズのロシアへの供給が止まることがあるのではないか。ここに本当の不安がある。

 対露経済制裁は、米露関係の悪化に伴い、ますます強化される可能性がある。こんなとき、輸入品コンポーネンツに頼るロシア製産業機械はどうなるのか、しかしそこに実は日本の大きな可能性が秘められているのではないだろうか。

 小型ローラーのエンジンにクボタ製、と書かれているのを見ながら、DM社のブースを後にした。 

西側の基準で商売を考えられる人と会社

 今回、参加した日本企業向けに日本側主催者団体のジェトロ、ROTOBOでは多くの通訳を準備したが、それでも現場段階で不足していたことは否めない。そこにモスクワから通訳・翻訳会社が自社の日本語通訳を非公式に送り込んで来ていた。

 そして、「無償通訳いかがでしょうか」と中小企業ブースを中心に売り込みをかけ、ブース側のニーズを探る。多くの中小企業ではカタログも英文までが精一杯で、なかなかロシア語版を作るまでの準備はできなかった。

 そこに無償通訳は目をつけ、このカタログは露文化すべきだ、明日までに仕上げましょう、という特急サービスを提案、ちゃっかりと注文を取る。

 筆者はこのやり取りを聞いていて、ニヤリとしてしまった。

INNOPROMが開催されたエカテリンブルク・エクスポの外観。INNOPROMはロシア連邦産業商業省とスヴェルドロフスク州政府との共催でこの博覧会場にて第1回より開催されている。因みに今回は第8回目、来年のパートナー国は韓国が決まっている。


 高額の旅費を自社で支払ってエカテリンブルクまで遠征し、さらに無償での通訳サービスの提供、何度もブースに現れては笑顔で話かけ、ブースの実力者を探る。そして、その実力者への翻訳サービスの提案。まさに「商売」を実践したこのロシア人の手を握りたい思いだった。 

 再びDM社。

 製品価格というものが交渉価格を意味し、ソ連時代から正価という考え方がなかったロシアビジネスにおいて、価格表というものがどんな客にも提示できるようになったのは大きな進歩である。

 「これは酒井重工のXXモデルと同等ながら価格は半額だ」と価格表を見せて説明する。 モデルの数字まで酒井と類似しているのは微笑ましいが、こうして海外製品を例に取り比較する気持ちが唯我独尊を特徴とするロシアビジネスに出て来たことは大きな変化だと思わざるを得ない。

新世代人の日露両サイドでの活躍

 国際政治の世界で冷戦が続いていた筆者の世代では、ご本人がソ連の大学に留学、卒業したケースというのは非常に珍しいことだった。

 卒業後、ロシア語を生かして通訳・翻訳の世界に入られた方やソ連ビジネス専門商社で活躍されたような例は少数にすぎず、日ソあるいは日露をつなぐ大きな橋にはなり得なかった。

 しかし、今回筆者が気づいた新時代人というのは、筆者の次の世代、我々がソ連に駐在していた頃、日本人学校やインターナショナル校に通い、その後ロシアの大学で学び立派に卒業した駐在員の子弟たちのことである。

 あるいは、中学卒業と同時にロシアのバレエ学校に入学し、プロのバレエダンサーを目指すような子供たちのことである。

 こういう人たちの特徴は、ロシア語を頭でなく、体で覚えているという語学力である。

日露経済を阻むもの、その1つが言葉だろう。ロシア語のできない日本人と日本語のできないロシア人。通訳に頼ろうにもエカテリンブルクでは日本語の分かるロシア人はいないだろうと思うと、実はそうでもない。エカテリンブルク国立大学には歴史の古い日本語科があり、毎年冬に実施される日本語能力試験には多くの受験生を送っている。


 また、ロシア社会に友人だけではなく、親戚を持つ人たちも出現している。日米と比較した時の日露の関係の脆弱さを語るとき、筆者はいつも日米には草の根交流があるが、日露にはそれがない、という説明をしてきた。

 しかし、この説明はそろそろ取り下げないといけない。今回のINNOPROMでは、そのような人々が大手商社のブースで、あるいは起業家としてロシアに設立した企業のブースで、大活躍している姿を見た。

 また、一方、国籍こそロシア人だが就職以来ほとんど日本の企業に勤務しているという人や、日本に会社を作り、日本とロシアを結ぶ仕事をしている方も増えてきた。

 INNOPROMで日本企業とロシア企業の橋渡しをされたグレーブ・ジュラフスキー氏はまさにその見本であろうか。

 会場内での日本企業への支援はもちろんのこと、会場外でもロシアを知らない日本人たちのアドバイザー兼添乗員のような役をグレーブさんは自ら引き受けていた。古いロシア人像しか持ち合わせない筆者は敬服してしまった。

 このように日露両側における関係者の精神状態は大きく変わりつつある。

 日本経済新聞社の寺井伸太郎記者は「日経ビジネスオンライン」で最近のロシアビジネスについて、次のように述べている。

 「日本にとって依然近くて遠い国のイメージが残るロシア。経済関係は資源など限定的だが、日露両政府の接近で潮目が変わりつつある」

 筆者はINNOPROMを見て日露貿易の潮目が変わったという思いに大いに賛同する。

 ロシアが日本をパートナー国とした理由とその必要性、それに応えられるだけの日本人のロシアに対する見方の変化、そんなものを強く感じた。国際政治の荒波に揉まれながらも、日露経済はお互いを必要としつつ、実績を伸ばして行くのではないだろうか。

筆者:菅原 信夫