2016年12月中旬、ダウンタウンで行われた歩行者天国には、2日間で約9万人が訪れた(=調査団提供)


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2つのイベント

 きらびやかなショッピングモールやコンドミニアムが次々にオープンし、話題に事欠かない商業都市。そんなヤンゴンの街を舞台に2016年12月、2週連続で華々しいイベントが開催された。

 最初に開かれたのは、フランスとミャンマーの友好55周年を記念し、ヤンゴン管区とフランスインスティテュートが主催したフェスティバル。

 昼間は、ヤンゴン川に面したストランド通りや、市の中心部に位置するシュエダゴンパゴダという巨大な仏塔の周囲の交通を止め、全長3メートル以上の巨大な木製の操り人形が練り歩いて人々の度肝を抜いたかと思えば、日が暮れてからはヤンゴン市庁舎の建物にCG映像を映し出し、リアルとバーチャルをシンクロさせるプロジェクションマッピングが行われたり、花火が打ち上げられたりするなど、さまざまなアートイベントが3日間にわたって繰り広げられた。

 その翌週末、今度は市南部の中心的業務地区、いわゆるダウンタウンと呼ばれるエリア内にあるマハバンドゥーラ公園と呼ばれる緑地帯沿いと、最高裁判所をはじめ歴史的な建造物が並ぶ2本の道路が、2日間にわたって歩行者天国となった。

 ミャンマーの伝統舞踊や伝統音楽が披露されたり、バガンの漆器やパテインの傘などの伝統工芸品を扱う露店で実演販売が行われたりするなど、ミャンマー色が強く打ち出された。

 さらに、英領植民地時代の歴史に関する解説を聞きながら歩くヒストリカルツアーが行われたり、通りにグランドピアノを持ち出してジャズの生演奏が開かれたりと、企画はもりだくさん。

 目抜き通りや主要施設、公園、寺院などを舞台に大々的に行われた冒頭のフランスのフェスティバルに比べると規模はこじんまりとしていたものの、道行く人々にゆっくり散策を楽しんでもらうためにさまざまな趣向が凝らされた。

ダウンタウンの再生目指す

 この2つ目のイベントを支援していたのは、日本。ヤンゴン都市圏の将来像を描くために国際協力機構(JICA)が実施していた調査の一環として実施された。

 同調査は、2040年に向けてヤンゴンの街の開発をどのように進めていけばいいかという青写真を描き、たどるべき道筋を明らかにするため、2016年8月から急ピッチで進められていた。

 これに先立ち、JICAは2013年にもヤンゴン都市圏を対象にした開発マスタープラン(SUDP)を策定している。

歩行者天国となった2本の通りには、靴や傘など、ミャンマー各地の特産品を扱う露 店も多く出店され、観光客が地元の人々が多く足を止めた(=調査団提供)


 しかし、それから間もなく、ヤンゴン都市圏への外国投資が年率300〜500%の割合で急増。特に、不動産への投資と大規模開発が急速に進んだことから、不均衡な都市開発が助長されることが懸念されていた。

 そこで、2016年4月に発足した新政権の下、SUDPをアップデートすべく実施されたのが、今回の調査だ。

 最大の特長は、市南部の中心的業務地区や、隣接するヤンゴン川沿いのウォーターフロント地区の再開発の提案が盛り込まれていること。

 通りが東西南北の格子状に整理され、地図上でもひときわ目につくこれらの地区には、英領植民地時代に官公庁舎として使われていた歴史的な建造物が集積している上、緑の芝生が美しい公園や、パゴダなどの宗教施設も点在している。

2月上旬にはミャンマー国鉄に対しヤンゴン環状鉄道の最終報告が行われた


 しかし近年は、この地区にも例外なく車両が流入。道路の両脇に並ぶ路上駐車や交通渋滞によって路地という路地は車両が滞留し、歩行者はその脇を肩をすぼめながらすり抜けるという光景がすっかりお馴染みのものになっている。

 また、この地区から歩いてすぐのところには、「ミャンマー版山手線」、こと、ヤンゴン市内を一周する環状鉄道や、長距離列車の始発駅であるヤンゴン中央駅もある。

 現在、日本はこの環状鉄道や、ヤンゴンから首都ネピドーを通って第2の商業都市マンダレーまでつなぐ幹線鉄道の整備を円借款によって進めており、今後はさらに多くの人々や観光客がこの地区を訪れるようになるはずだ。

 「その前に、この地区が本来持っている良さを取り戻し、観光客にとっても、生活する住民にとっても、魅力的な街に生まれ変わらせたい」

 今回の調査を率いた日本工営の平野邦臣さんは、そう語る。

 「将来的には、人々が歴史的地区の景観や雰囲気にひたりながら、ヤンゴン中央駅からウォーターフロントまでそぞろ歩きを楽しめる街になってほしい」

通りのイルミネーションに使われた灯りが並べられている前では、記念撮影をする親 子の姿も見られた(=調査団提供)


 そんな平野さんが前出の歩行者天国を企画した背景には、車両の通行を止め、普段は歩行者の邪魔になっている駐車車両も排除した空間を一時的にでも作り出すことによって、この地区の歴史や価値を住民自身に再確認してもらいたい、との思いがある。

 将来、どんな街にしていきたいかということを、「自分ごと」として考えてもらうためには、そもそも、現在の街のことを正しく認識しておく必要があるからだ。

 「YANGON Living Street Experience」と名付けられたこのイベントは、多くの人を動員することより、むしろ「いつもと違う雰囲気の街歩きをゆっくり楽しんでもらいたい」「住民や訪れた人の満足度を高めたい」という点に主眼が置かれていたため、大々的な広告を打たなかったにもかかわらず、口コミやフェイスブックによって拡散され、参加者は2日間でのべ9万人に上った。

ラオスの経験を横展開

 都市計画を策定する過程で、今回の歩行者天国のような社会実験を行うことは、近年、街づくりの手法として主流になりつつある。

 そうすることで、トップダウンの街づくりではなく、人々に主体性を持たせる効果があるのだという。その意味で、今回の歩行者天国の試みも時流にのったものだと言えよう。

 しかし、平野さんが今回のイベントにある程度の自信を持っていた理由は、それだけではない。実は、平野さんは、隣国ラオスでも同じようなイベントを実施したことがある。

 2015年から2年にわたり、首都ビエンチャンの都市開発管理に関する能力強化のための協力に携わった際、寺院が集積している歴史的な地区の一角を今回と同様に歩行者天国にし、ラオス和紙の提灯を通りに飾ったり、路上イベントや露店の出店を企画したりして大成功を収めたのだ。

 とはいえ、決してスムーズに進んだわけではなかった。歩行者天国にするために車両の通行を制限することに対し、最初は地元から強い反対を受けたのだという。

 特に、寺院群の周囲には観光客目当ての高級フランス料理やイタリアンのレストランが多く、「店の前まで車を乗りつけられなければ客足が離れる」との声が多かった。

 そんな店を一軒ずつ訪ねては、「決して悪いようにしない」とイベントの意義を説明し、なんとかイベントの開催にこぎつけたのは2015年2月のこと。ところが、ふたを開けてみると歩行者天国は大好評で、付近のレストランも大入り満員。

歩行者天国では、伝統舞踊が披露されるなどミャンマー色が強く打ち出された(=調査団提供)


 平野さんはオーナーたちにたいそう喜ばれ、翌2016年1月には2度目のイベントも開催された。

 そんなビエンチャンの経験に比べれば、今回のイベントが行われた2本の通りは、店舗や住居も密集しておらず、大きな反対はなかったという。

 期せずして冒頭のフランスのアートフェスティバル直後の開催となったことについては、「いい意味で日仏の違いが現れた」と感じている平野さん。

 「フランスのフェスティバルは、大規模かつ華やかで話題を呼ぶものだったが、コスト的にも技術的にも、ミャンマー側が類似のイベントを自分たちで開くことはできないものだった」

 「われわれは、彼らが今後、自分たちで定期的に再現し、街づくりに生かしていけるものを意識していた」と振り返る。

 ヤンゴン管区のピョーミンテイン首相もこうした日本側の意図を理解し、開会のあいさつでは「このようなイベントを今後も定期的にわれわれで企画したい」と力強く発言。「ヤンゴンの魅力を改めて感じ、共に新しいヤンゴンをつくっていこう」と呼び掛けた。

ヤンゴン丸の内ストリート計画!

ワークショップの参加者たちは、数人ずつグループに分かれて街の将来像を 熱心に語り合った


 街づくりに地元の人々を巻き込むための仕掛けづくりは続く。

 歩行者天国の開催から3カ月後の3月中旬、フォローアップのワークショップがヤンゴン市庁舎で開かれた。

 在りし日のヤンゴンの街角の写真が大きなネガフィルムのように壁中に飾られた部屋に集まったのは、ダウンタウンでビジネスを営む事業家や商業施設の管理者、観光を学ぶ学生、住民、市の職員ら約40人。

 一同は、観光省やホテル学校で長く勤務していたオウンチョー氏が「訪れる人々や住む人にとって望ましい街とは」について講演するのを聞いた後、グループに分かれ、この地区の将来像について議論した。

歩行者天国のフォローアップ企画として開かれたワークショップでプレゼンする 今井さん(左)。周囲の壁には在りし日のヤンゴンの街角の写真が飾られている


 熱心に語り合う彼らを眺めながら、平野さんと共に調査を進める日本工営の今井玄哉さんが「ゆくゆくは彼らが歩行者天国のようなイベントを自発的に企画し、訪れる人々をホストとして迎えるようになってほしい」とつぶやく。

 前出のヤンゴン環状鉄道も、2015年12月より詳細設計を進めてきたJICA調査団が2月上旬、ネピドーでミャンマー国鉄に対して最終報告を行った。

2016年8月から行ってきた調査結果をヤンゴン管区の要人に手渡す平野さん(左)


 3月には東京で日本企業向け説明会も開催。開業目標年の21年が着実に迫りつつある。

 日本でも、東京駅前の丸の内〜有楽町、大手町駅界隈はオフィス街で、かつては週末は閑散としていたが、丸の内仲通りを歩行者天国にしてテラス席を置き、街角コンサートを開催するなど街ぐるみで新たな空間の創出に取り組んだ。

 その結果、散策を楽しむ人々の姿が絶えない、活力あふれる街が見事に誕生している。「ヤンゴン丸の内ストリート」計画はこの街と人々をどう変えていくのだろうか。想像すると胸が踊る。

(つづく)

筆者:玉懸 光枝