学生の窓口編集部

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著名人の方々に大学時代のエピソードを伺うとともに、今の現役大学生に熱いエールを送ってもらおうという本連載。今回のゲストは、ヤマハ株式会社の中田卓也代表執行役社長です。ヤマハといえば、ピアノなどの楽器が有名ですが、音響関連についての高い技術を持ち、AV機器はもちろんネットワーク機器、プリント基板製造用のFA機器など、実にさまざまな事業を手掛ける企業です。世界的な有名企業ヤマハのトップを務める中田さんは、どんな大学生だったのでしょうか?


兄弟で早慶戦!? 慶應義塾大学法学部の訳は?


――中田さんは慶應義塾大学法学部に進学されていますが、なぜ慶應義塾大学を選んだのでしょうか?


「いい言葉についていけ」―現役大学生、萩本欽一さんが大学生に伝えたいこと


まず東京へ行きたかったというのがありますね。音楽が好きだったので高校生のときにはバンド活動を行っていたんですが、好きなミュージシャンが来日しても地元にはなかなか来てくれない(笑)。武道館ではやっても……私は岐阜県出身ですが、地元ではやってくれない。昔は、好きなミュージシャンのコンサートに行くのも大変だったんですよ。

――なるほど。

私には4歳上の兄がいますが、当時彼は早稲田大学の政経学部に在籍していまして、帰省するたびに「東京はこんなだ」みたいな話をするわけです。聞いてみると自分の今いるところとは全然違う世界なんですね。で、自分も行くことにしようと思ったのです。

――慶應義塾大学を選択したのはなぜですか?

他に名古屋大学も志望校としてあったのですが、地元から近いですからね。だからやめました。自分が慶應義塾大学に入れば「兄弟で早慶戦だ」なんて話を兄としていました(笑)。

――ではなぜ法学部を選んだのでしょうか?

私は本当は理系なんですよ。高校では数学科でしたからね。ですから、普通なら理系の学部を選ぶべきなんですが、理系の学部、例えば「電気」「工学」、そういう学部・学科に行くとそのジャンルに縛られてしまうかもしれない、という気がしたんです。当時はまだ自分の将来像が漠然としていたので、いろいろな選択肢を持っておきたかったのです。それで、あえて文系の学部を選びました。


「シンセサイザー」に夢中だった大学生のころ


――中田さんはどんな大学生でしたか?

いたって普通の大学生でしたよ(笑)。

――学生時代一番一生懸命やったことは何ですか?

シンセサイザーを使って音楽を作ることです。高校時代はバンド活動をやっていましたが、当時から私はシンセサイザーに興味がありました。冨田勲さん(日本におけるシンセサイザー作曲家・奏者のパイオニア)が作る音楽に憧れがあって、自分でもやってみたいと思っていたのですが、当時は、高校生なんかにはとても買えるような値段ではありませんでした。それが、私が大学生になってから普及価格のシンセサイザーが出たものですから、購入して一生懸命に曲を作っていましたね。

――初めて買ったシンセサイザーは何でしたか?

コルグの『MS-20』です。シンセサイザーだけではなく、曲作りのためのデッキが2台など頑張って機材をそろえましたね。
※『MS-20』は1978年に発売されたコルグ製のアナログ・シンセサイザー。当時の価格は9万8,000円

――制作した曲を発表したりしなかったのですか?


大学時代はバンド活動をやっていませんでしたし、発表するようなことは考えませんでしたね。ただひたすら曲を作っていました。曲作りには終わりがないんです。画家がずっと描いていたいと思うのと同じで、もうちょっとココを……とか、いじっているときりがない。完成するということがないのです。趣味でプラモデルを作っている人も、特に誰かに見せるのでもないのに作るじゃないですか。「もの作り」が好きな人はみんなそうだと思いますよ。

今にも生きている「ゼミのレポート制作」の経験


――大学の授業では苦労しましたか?

法学部では内池慶四郎先生の「民法」についてのゼミに入っていましたが、これが大変で、毎週レポートを提出しなければならない。不法行為とか、さまざまな民法上の問題について、どこが問題なのか、どう判断すべきなのかといったことを論じるわけです。とにかくレポートを書くこと自体も大変なのですが、毎週ですからね。2年間これを続けました。

――その経験は今に生きていると思いますか?

はい。扱っているのが法律ですから、問題を合理的に解決し、その解決が合理的だと思われることが重要なわけです。私がこのレポートで訓練されたのは、「問題が起こったときにどう処理すれば合理的なのか、そして合理的な判断とするための理論構成を考える」ことです。この思考方法は今の仕事にも役立っていると思います。当時は大変でしたが、レポート課題のおかげですね。

――なるほど。社長というのは判断する仕事ですものね。大学時代の中田さんは、現在の自分を想像していましたか?


全然(笑)! ヤマハに入社して、ましてや社長になるなんて思ってもみませんでしたよ。人間なってみないとわからないものです。社長がどんな仕事をしているかなんて、これはなってみないとわかりません。弊社の社員だって私がどんな仕事をしているかはみんな知らないと思いますよ。

ちょっと関心のあることを、かなり熱心にやろう!


――現役大学生にアドバイスをお願いします。

好奇心旺盛にいろんなことをやってみるのがいいと思います。その中で「ちょっと興味のあるもの」を見つけて、それを「かなり熱心にやる」といいのではないでしょうか。魅力を感じたままで続けることが大事です。
広く浅く、とにかく経験値にするというのもいいのでしょうが、熱心にやって極めるために苦労したことがひとつでもあれば、それはその人の人格にも影響を及ぼします。自分にとって大きな財産になるでしょう。

また、何か問題があったときにはちゃんと向き合うことが大事ですね。よく社員に言うのですが「仕事がおもしろいかおもしろくないかは自分次第」。同じ問題に当たっても、それを肥料にできる人とできない人がいます。これは向き合い方が違うからです。ちゃんと向き合って対処できるかは、自分の反応、自分次第なんですよ。
あと「執念」を持ってほしいですね。自分の思ったこと、自分に課したことを達成するという執念です。一種の「負けず嫌い」な心の持ちようですね。自分に課したことに負けない、それをクリアするという気持ちを持っているといいのではないでしょうか。

――ありがとうございました。

中田社長から現役大学生のみなさんへのエールは「為さねば成らぬ(何事も)」です。これは「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」の真ん中の部分ですね。中田社長は「前の部分(為せば成る)はポジティブすぎて好きじゃないんです。(「為さねば成らぬ(何事も)」とは)やらなければ何事も始まらないし、つまり『挑戦せよ!』ということです」と語っていらっしゃいました。

冒頭で述べたとおり、ヤマハはさまざまな事業を手掛ける会社です。これは「ちょっと興味のあること」を「かなり熱心にやる」「執念を持ってやる」ことでそうなっているのではないか、と考えさせられるインタビューでした。現在大学生のみなさんも、まずは「ちょっと興味のあること」を見つけて、それを続けてみてはいかがでしょうか?


(高橋モータース@dcp)