日本を訪れた中国人がこのほど、旅行中の出来事をブログにつづった。

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日本を訪れた中国人がこのほど、旅行中の出来事をブログにつづった。以下はその概要。

平和な時代に生まれた私たちにとって、多くの場合、日本に対する印象は映画やテレビ、そして歴史教科書にしかないことが少なくない。しかし、東京から名古屋、京都から大阪と、どの都市にも共通するある特徴がすばらしいと感じた。街が美しく、清潔であることは、この国では「標準装備」なのだ。

日本では自動車のクラクションはめったに聞こえないし、道を渡るのに人々がわれ先にと信号を無視するのも見られないし、自動車がそこかしこに路上駐車されているのも見かけない。人口密度は中国の3倍(人口そのものは10分の1だが、国土面積は中国の30分の1だ)なのに、人がひしめき合っているような感じはせず、それどころかとても秩序だっているように思える。

日本では高齢者も仕事をしているのをよく見る。大型バスの運転手やレストランの店員、ホテルの従業員など、たくさんの高齢者が働いている。その多くはすでに定年退職している年齢のはずだが、仕事を続けて、国のために努力を払っている。

日本人の生活は比較的淡泊なものだ。箸も使うが、ナイフとフォークも使うように、食事は東西の特徴を併せ持つ。日常生活にあって、うまくとけ込んでおり、栄養バランスもとれている。生命科学は日本の一大産業で、日本人は全体的に健康状態がいい。生活には衣食住いろいろな要素があるが、日本ではいずれも“精緻”(細やかで行き届いている)という言葉で形容できる。

日本のコンビニエンスストアには、生活に関連するさまざまな要素が見える。同じようなものでもその品質の違いを感じるだろう。職人気質という言葉で形容できる場合もある。だから日本の日常の生活用品をあれこれ中国に持ち帰る人が絶えない。そうした評価には中国の企業も大いに刺激を受けるべきだ。中国の商品が同じように高く評価されるようになれば、そのときこそ中国も真の大国になったということだ。日本では偽物をつかまされることはまずない。買い物をするときも偽札かどうかを念入りに調べる必要はない。

旅行の時間は限られていて、すべては体感できなかった。次回の北海道旅行に期待したい。(翻訳・編集/岡田)