食べ方いろいろ至福のグルメ「ふぐ料理」の伝統はなんと縄文時代から始まっていた

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フグの旬は冬だけじゃない!?

フグの旬といえば『秋の彼岸から春の彼岸まで』と言われることや、鍋ものやシメのフグ雑炊から、冬を連想する方も多いのではないでしょうか。実際、フグ料理は鍋や唐揚げなど熱い料理が主流になるために冬場に持てはやされ、夏場は客足が遠のくからと冬しか開店しない店もあるほどです。

フグの産卵期は3月〜6月になります。つまり、栄養分が白子や真子にいかず、身に栄養を取り込んで美味しくなる時期ともいわれています。漁が解禁されるお盆過ぎから美味しくなるのですから、理にかなっていますね。夏はフグの身が美味しくなる時期ですが、白子は入手しづらくなり、毒性が強くなります。

海で捕れるのになぜ『河豚』なの?


そもそも、フグと漢字で書くと海の魚であるにもかかわらず、『河豚』と表記されることが多いですが、どうしてなのでしょうか。それには、古代日本に多大な影響を与えた中国文化が深く影響しているのです。

また、日本でも愛読された中国の文献『山海経』にはフグを食べると死ぬことが記載されており、大陸でも食用かつ有毒の魚として知られていました。

河豚という名称は中国由来で、肉が豚のように美味しいという説や、豚のように鳴くから付いたというものなど諸説あります。中国のフグは大河で取れたものが親しまれていたため、そうした呼称をそのまま輸入した日本でも、海で捕れるはずのフグを“河豚”と表記し、今に至るまで使われ続けています。

フグ食の伝統は縄文時代から始まっていた!

日本人がフグを食べ始めた歴史は古く、フグの骨が貝塚から見つかっていることから縄文時代にさかのぼると言われています。毒を持つ危険な魚でありながら人気の食材でもあったらしく、フグ毒で中毒死した家族と思われる5人分の人骨がフグの骨を囲んで出土した遺跡もあります。

平安時代の薬物書である『本草和名』には『布久(フク)』と記されており、当時から現代に近い呼び名だったことが分かりますが、どのような料理法だったかは残念ながら不明な点が多いです。

縄文時代から食べられていた割には地味な存在だったフグが歴史の表舞台に登場してくるのは、豊臣秀吉による朝鮮出兵の時です。次項では、秀吉とフグにまつわる話、そしてフグ料理が花開いた江戸時代のフグ事情をご紹介します。