島爺が明かす、”割り切れなさ”を歌う理由 「わかりやすい単純な状態で済ませられない」

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 島爺が、8月2日に2ndアルバム『孫ノ手』をリリースする。

 ネット上で絶大な人気を誇る“歌い手“である島爺。約1年ぶりのアルバムとなる同作には「R.O.C.K.E.T」(Torero)、「天樂」(ゆうゆ)といった人気ボカロ曲のほか、書き下ろしによる新曲「チェゲラナ」(niki)も収録されている。この1年の活動の中で支えてくれた孫(島爺のファンの総称)たちによろこんでほしい、という思いから選曲を進めてったというが、「生」や「死」などシリアスな言葉が散りばめられた、深みのある1枚になっている。

 制作の過程から収録曲への思い、また満員の赤坂BLITZで行われた初ライブ、来るツアーへの意気込みまで、じっくりと語ってもらった。(編集部)

■「衝動とか、熱量が感じられる楽曲が好き」

――本編19曲入りの大ボリュームですが、“質の高いボカロ曲が集まった”という印象ではなく、1枚のアルバムとして完成度の高い作品になっています。昨年6月の1stアルバム『冥土ノ土産』リリース以降、1stシングルに初ライブと、動きの多い1年でしたが、制作はどんなふうに進みましたか。

島爺:僕としては『冥土ノ土産』ですべて出しきったという感じがあったんですが、おかげさまで目標としていた数字よりずっと多く買っていただいて、実はシングル『ガッチェン!』より先に、2ndアルバムを作らないか、というお話があって。リスナーさんを始め、ここまで連れてきてくれた人たちへの感謝を込めて、「どういう選曲をしたらよろこんでくれるかな」というところだけを考えて曲を集めていきました。

――結果として、「生」や「死」というシリアスな言葉が目立つ、メッセージ性の高い作品になりました。「なんで生きてんだろうってすげえ思うんだ」(ヘルニア)で始まり、「生きろ」(100回嘔吐)で終わる曲順は、曲が揃ってから決めたのでしょうか?

島爺:そうですね。全曲並べてみたときに、目についたのが「生」という字で。「なんで生きてんだろう〜」は、トップバッターとしてはメッセージ色が強すぎる気もしたんですが、「生」という字を軸に考えたら、流れとしてもスッキリ収まったんです。真ん中(10曲目)に「ラットが死んだ」(P.I.N.A)を入れたら、ちょうどバランスがとれて。そこから第二部が始まるイメージですね。

――そうしてアルバムの軸が定まったことで、例えばニコニコ動画でもミリオン再生を超えている「R.O.C.K.E.T」(Torero)があらためて、喪失と再生の物語に見えてきたり、それぞれの楽曲に別の輝きが宿っているように感じました。順を追って聞いていきますが、1曲目の「なんで生きてんだろう〜」は、おっしゃるように強いメッセージ性がありつつ、開放感のあるギターサウンドがオープニングにピッタリです。

島爺:メッセージが飛び込んでくるストレートさ、強さがありますよね。それに加えて、曲調的に僕の声に合いそうやな、という気がして歌うことにしたんです。制作者のヘルニアさんはとてもいい曲を次々とネットにアップしている方なので、もっと有名になっていただきたいですね。

――2曲目に収録された「チェゲラナ」は、本作唯一の書き下ろし楽曲です。ロックファンに刺さるような尖った音で、言葉の転がり方が気持ちよく、一聴して島爺さんのための曲だな、と納得しました。前作『冥土ノ土産』にも「パラノイド」が収録されていますが、nikiさんに書き下ろしを頼んだ経緯も教えてください。

島爺:発表しているすべての楽曲のクオリティが高くて、もともと好きなクリエイターだったので、「頼むだけ頼んでみてくれませんか」とお願いしたら、すぐにOKをいただけて。細かい注文はせずに「いつもどおりのやつで!」とお願いしたんですけど、本当に「歌ってみた」の島爺のイメージをそのまま曲にしたような、すばらしい楽曲をいただけました。

――唯一、島爺さんの歌唱を最初から想定していた楽曲で、やはり他の曲と毛色が違い、いい意味で目立っていますね。ホームランが打てる2番バッター、というイメージです。

島爺:そうですね(笑)。名刺代わりになる楽曲なので、最初は1曲目に入れようかとも考えたんですけど、ちょっと番外編みたいになってしまうので、曲の勢い的にも2曲目がちょうどいいかな、と。

――「歌ってみた」で投稿してきた楽曲も、新たなミックスで鮮烈な印象があります。5曲目の「不毛!」(ぽてんしゃる0)など、メジャーで聴かれることが前提のプロフェッショナルが作ると、また違う作品になるのではないか、という、いい意味でボカロ作品らしい尖った楽曲がそろっていますね。

島爺:あえてきれいに整えず、熱が込められた楽曲ですよね。皆さんすごいクリエイターなんですけど、テクニックに頼っていなくて。僕はテクニックや達者さより、その曲を作ったときの衝動とか、熱量が感じられる楽曲が好きなので、自然とそういう曲が集まっているんだと思います。

――例えば、新規歌唱曲でライブ『冥土ノ宴』でも披露されたデジタルロック「エイリアンエイリアン」(ナユタン星人)などは、プロの仕事だ、という感じがしますが、やはり尖っています。

島爺:そうなんですよ。ニコニコ動画でこの曲がランキングに上がっているのを見たとき、もうメジャーのシーンを追いかける必要性すらなくなってきたのかな、とまで思ってしまいました。クオリティもめちゃくちゃ高いし、個性という面から見てもすごいし、好きなことをやってらっしゃるな、という感じがして。たぶん、ナユタン星人さんは商業的にも成功しているクリエイターだと思いますし、行き着くところまで行った、ボカロシーンの象徴的な存在だと捉えています。

■「『生きろ』というより、『死ぬな』という感覚のほうが強い」

――8曲目の「現代ササクレ学入門」(なす)にはコメンタリーが入るなど少し遊びがあり、そこから「R.O.C.K.E.T」、先ほどの「ラットが死んだ」と続き、このあたりは特に「歌ってみた」を追いかけてきたファンにはうれしいブロックになっています。

島爺:このあたりはライブ『冥土ノ宴』のセットリストと重なっていて、ライブでノリのよさを引き出してくれて、かつリスナーさんの喜んでいる顔が浮かぶ選曲になっています。コンセプトをガッチリ固めて曲を集めたとしたら、それもまた違うものになったんじゃないかと。理屈的なところは何もなくて、ただイメージがあったという感じです。それに、めぐり合わせもありましたね。ちょうど選曲し始めたくらいのタイミングで、「天樂」(ゆうゆ)のことをTwitterで書いている人を見かけたり。歌いたいとずっと思いながら、忘れていた部分もあって。

――なるほど。「天樂」は和楽器バンドのカバーなどでも話題になった有名曲ですが、キー調整もされて新鮮な気持ちで聴けますね。新規歌唱曲で言うと、18曲目に収録された「エンドロールに髑髏は咲く」がとても印象的でした。歌の力がよく伝わるロックバラードです。

島爺:Twitterでたまたま見つけて、すぐに歌いたいと思った曲です。頭の片隅にずっとあったので、このタイミングで歌えてよかったなと思います。

――そして、「エンドロール」というタイトルを差し置いて最終曲になった「生きろ」。『冥土ノ宴』でも最後に弾き語りを披露した曲で、思い入れも強いのでは?

島爺:そうですね。「生きろ」という言葉と、曲調的には、「力強く生きていってくださいね」というポジティブなメッセージとして捉えている方も多いと思うんですが、僕自身、個人的にはかなり残酷な歌だと思っていて。生きていく意味が見いだせなくても、辛いことがあっても、それでも生き続けなさい、というニュアンスが感じられると思うんです。

――島爺さんの歌唱もそうですが、それを泣きながら訴えているようなイメージがあります。

島爺:そういうことを踏まえながら歌いました。「生きろ」というより、「死ぬな」という感覚のほうが強いかもしれないですね。この曲も、最後に置くのは厳しい曲やな、という思いもありつつ、やはりしっくり来たんです。

――選曲について、Twitter上では「言葉にするのは難しい」という趣旨の発言もされていますが、本作を聴いた感想として、島爺さんは「割り切れないもの」を歌うシンガーなのではないかと思いました。「なんで生きてんだろう〜」に<悲しみで踊っちまいそうだ>というフレーズがありますが、やりきれないけど元気づけられるとか、楽しいけど痛いとか、強い意志を持ってブレ続けるとか。いま伺った「生きろ」も象徴的ですね。

島爺:ああ、そうかもしれません。僕自身、音楽をやりはじめて、バンドをやっていた頃も、ずっとぶつかっていた壁があって。それは、「広くみなさんに聴いてもらうためには、わかりやすいメッセージが必要だ」ということなんです。「そうしなければ」と思いながらも、やっぱり「そういう単純ものだけじゃないよな」という思いのほうが大きくて。どうしても、わかりやすい単純な状態で済ましてはおれない性分なんですよ。いまの“島爺”が置かれている状況もすべて含めて、ずっと迷いながら歩いていますね。

――そういう部分が、ポジティブな意味で表現に出ているし、選曲にも表れていると思いました。シリアスなメッセージも含みながら、全体としては決して重い印象になっていないのも、島爺さんのアルバムらしいですね。

島爺:完全に、100%悲しいこととか、100%辛いことってないと思うんです。とても打ちひしがれている状態でも、テレビで面白いことをやってたら笑ってまう、みたいなことってあるじゃないですか。

――逆に、笑っていてもどこか片隅に悲しい思いがあったり。前作よりも、そういう割り切れない部分が色濃く出ていると思います。

島爺:そうかもしれないですね。前作のことを言えば、「ブリキノダンス」(日向電工)が動画の再生数的にも群を抜いていて、ともすればその輝きで他の曲が見えづらくなることもあったんです。この曲を1枚目に収録して、さて2枚目となったときに、すごく光り始める曲がたくさんあるんですよね。

――眩しすぎる曲という意味では、1stシングルの表題曲「ガッチェン!」も弾き語りバージョンが通常盤のボーナストラックとして収録されるにとどまりました。

島爺:やっぱり、そのまま入れても違うな、と。アコギ一本で歌うのは、だいぶ難しかったですけどね(笑)。

――9月からは北海道から沖縄まで、初の全国ツアー『孫を訪ねて82万里〜冥土 in Japan〜』が始まります。このアルバムを引っさげて、ということになりますが、『冥土ノ宴』でも、収録曲が多く披露されました。あらためて、初ライブを振り返ってもらえますか。

島爺:まあ反省点は山ほどありましたね。ただ、あの光景を見れたということは、僕の人生的にも、ミュージシャン人生的にも大きかったと思います。ぶっちゃけて言うと、僕はあんまりライブというものが好きではなかったんですよ(笑)。でも、それが若干、変わりましたね。赤坂BLITZはとても著名で大きいライブハウス、というイメージですし、ほんまの気持ちとしては、一回ゴールにタッチしてきたような(笑)。でも、そんな経験もして、ツアーへの取り組み方も変わってくると思います。

――ツアーについて、どんなことを楽しみにしていますか?

島爺:ツアーの最初と最後で、いろいろな状態が変わっていると思うんです。バンドのメンバーさんとか、スタッフさんとか、一緒にやってくれる人との関係性もそうだし、演奏のクオリティもそう。その変化で、来てくれるお客さんの見え方がどう変わっていくのか、ということが楽しみです。

――赤坂BLITZのチケットをとれなかったファンも多いと思います。“孫”のみなさんにも一言いただけますか。

島爺:できるだけ、自発的に楽しむという気持ちで遊びに来ていただけたらうれしいですね。もちろん、僕からもいろんなものを見せよう、という覚悟で行きますし、みなさんからもいろいろ見せてもらいたいと思います。

――最後に、この大ボリュームのアルバムをどんなふうに受け取ってもらいたいですか?

島爺:曲順で悩んだということもあるので、できれば最初から最後まで、一度は通して聴いてもらいたいです。いい曲ばかり集めたのではなく、最初に感謝の気持ちというイメージがあって、そこに引き寄せられて、集まるべくして集まった曲たちだと思います。いま現在お孫さんな人たちも、初めて聴く人も、気になった楽曲のクリエイターはすぐにチェックしてください!

(取材・文=橋川良寛)