オットギの製品(同社より)


 2017年7月27日と28日、青瓦台(大統領府)で、文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)大統領と財閥総帥との初めての「懇談会」が開かれた。

 上着を脱いで生ビールやカクテルを飲みながら話すという「異例の」形式で、無難な最初の会合になった。15大企業総帥が招待の対象だったが、1人だけ例外として、中堅企業の会長が招かれていた。

 就任以来初めての文在寅大統領と財閥総帥との懇談会。大統領周辺は、この会合どういう形式にするか、相当、苦慮したはずだ。

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大統領と財閥総帥の会合は・・・

 というのも、前任の朴槿恵(パク・クネ=1952年生)前大統領が、サムスングループから賄賂を受け取ったなどの容疑で逮捕、起訴されて裁判が続いているからだ。

 これまでの政権の大統領と財閥総帥との懇談会は、きわめて権威主義的で形式的だった。

 大統領が財閥総帥を青瓦台での昼食会などに招く。日程は一方的に決まり、オーナー会長が万難を排して出席する。あらかじめ、発言順番や内容などをきめ細かく調整するのはもちろんだ。

 テレビカメラの前で大統領が政権の基本政策と財閥への「要請」を話す。財閥総帥は、政権の政策に沿った事業計画を順番に話す…。

 朴槿恵前大統領はこういう「全体会合」以外に、財閥総帥を1人ずつ呼んで、さまざまな「お願い」をしたという。これがいま問題になっているのだ。

15大企業から、農協を除外した14人だったが

 文在寅政権初めての「財閥総帥との懇談会」は、まず、対象者を「14大グループ」と決めた。公正取引委員会が毎年公表している資産規模ランキングの中で上位15グループで線を引き、この中から「民間企業」とは言えない「農協」を除外した。

 「より自由に話をする」ために、2日間に分けることにした。上位14グループのうち、まず「偶数順位」のグループの総帥を27日に、「奇数順位」の総帥を28日に招いた。

 「格式、事前シナリオ、時間制限の3つがない、胸襟を開いた会合にする」

 青瓦台は、事前にこう説明していた。

 1日目の27日。

 現代自動車グループの鄭義宣(チョン・ウィソン=1970年生)副会長、LGグループの具本俊(ク・ボンジュン=1951年生)副会長、新世界グループの鄭溶鎭(チョン・ヨンジン=1968年生)副会長などが続々と青瓦台に到着する。

 3人とも、「オーナー会長」の長男だ。「オーナー会長」の出席にこだわらなかったのも、この日の特徴だ。

ポスコ会長はにっこり?

 この日の懇談会に最も「機嫌良く」参加したのは、ポスコの権五俊(クウォン・オジュン=1950年生)会長だっただろう。

 権五俊会長は、文在寅政権発足以来、重苦しい日々を送っていたはずだ。今春の株主総会と理事会などで3年任期の会長職に留任したばかりだった。ところが、文在寅政権の誕生とともに、不穏な空気が漂い始めた。

 ポスコは旧国営とはいえ、いまは純民間企業だが、これまで、政権交代のたびに「会長人事」があった。文在寅大統領は、就任後初の外遊として6月に訪米し、首脳会談を開いた。企業人を同行したが、この面談から「ポスコ会長」が漏れたのだ。

 「今回もポスコ会長は交代か?」

 こんな憶測も一部で流れていた。

 この日の「お招き」は、だから、権五俊会長にとっては、一安心だったはずだ。

 政府側からは、文在寅大統領のほか、金東兗(キム・ドンヨン=1957年生)副首相兼企画財政相、青瓦台の任鍾翛(イム・ジョンソク=1966年生)秘書室長、張夏成(チャン・ハソン=1953年生)政策室長、金尚祖(キム・サンジョ=1962年生)公正取引委員長、さらに青瓦台経済首席秘書官や金融委員長などが参加した。

 文在寅政権の経済関連閣僚や青瓦台の経済政策責任者が勢ぞろいした。ところが、ここにもう1人、企業人が「特別に」招かれていたのだ。

オットギとは?

 日本ではほとんど知られていない「オットギ」という食品企業の咸泳俊(ハム・ヨンジュン=1959年生)会長だった。いったいどのような企業なのか?

 オットギは、韓国語で「だるま」の意味だ。このブランドは韓国人なら誰でも知っている。

 1980年代初めに3分カレーで一躍有名になったが、それ以外に、ラーメン、マヨネーズ、ケチャップなど食卓に欠かせない商品が主力だ。マヨネーズやケチャップなど20品目以上で韓国のトップシェアを握っている。

 2016年の業績は、売上高2兆106億ウォン、営業利益1425億ウォンと、優良企業だ。だが、資産規模は1兆ウォンほどの中堅グループにすぎない。企業グループ順位で言えば、100位に入っているかいないか。

 7月27日の会合に招かれた「15位」のCJグループの資産規模は27兆8000ウォン(1円=10ウォン)。資産規模で見れば「出席資格」はないはずだ。

 ではなぜ、韓国を代表する財閥総帥と並んで招かれたのか。オットギが、文在寅政権が進める政策基準から見れば、「優等生企業」だからだ。

正規職が99%

 文在寅政権は、重点政策として「非正規職の正規職転換」を掲げている。正規職を増やすことで、若者の雇用不安や経済の両極化を解消する狙いだ。

 韓国メディアによると、オトゥギの3100人の従業員のうち、「非正規職」はわずか36人。全体の1%にすぎない。

 それだけではない。オットギも、創業オーナーが事業を大きくした。7月27日に青瓦台に招かれた咸泳俊会長も、2代目だ。創業者である父親は2016年に死去している。ここまでは韓国ではよくある話だが、「規定通りの相続税」1500億ウォンをきちんと払った。

 韓国の財閥では、ほとんどの場合、あれこれと策を練って相続税を減額させる。サムスングループなどはこの点で、厳しい批判を浴びている。韓国の基準で見れば、相続税をきちんと支払ったオーナーは、「賞賛すべき存在」なのだ。

 さらに、この創業者と、後継者は、社会貢献にも活発だ。難病の子供や社会的弱者に対する支援をずっと続けている。

 2008年以降、ラーメンの値上げを見送っていることも、「庶民の味方」という評価を受けている。つまり、「財閥改革」を標榜する文在寅政権から見れば、「模範企業」なのだ。

 だから、「特別招待」になったわけだ。

生ビールパーティー

 7月27日の夕食会は「生ビールパーティー」となった。

 これまた「社会的企業」として知られる中小ビール会社のサーバーを青瓦台の庭に設置して、大統領自らビールを注いでふるまった。

 スポーツなど「無難な話」を大統領が総帥に振って、和気藹々の様子を強調して見せた。この日の夕食会は、人数を絞ったとはいえ、参加者が少なくなく、話題もあちこちに飛んだ。

 現代自動車グループの鄭義宣副会長は、地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD=サード)の韓国内配備に中国が強く反発していることを受けて、「中国でサードの影響で売り上げが減少して協力企業などにも悪影響が出ている」などと話した。

 米国での鉄鋼輸入への制裁や不動産政策、原子力発電所新規建設の中断なども話題になったが、どれも、一言ずつ、という程度で終わった。

 オットギについては、文在寅大統領はやはり特別な愛着があるようだ。

 会長を見つけると、「オットギではなく、ガットゥギとネチズンの間では呼ばれているらしいですね」と笑顔で語りかけた。

 ゴッド(God)とオットギを組み合わせた呼び方で「神のような企業」という意味だ。それほど尊敬されていると意味だ。

2日目はサムスン、SK、ロッテなど

 翌日7月28日には、サムスン、SK、ロッテ、KTなどの首脳が招かれた。

 サムスングループからは、拘置所にいて裁判を受けている李在鎔(イ・ジェヨン=1968年生)サムスン電子副会長に代わって半導体部門出身の専門経営者である権五鉉(クォン・オヒョン=1952年生)同社副会長が参加した。

 SKグループは、崔泰源(チェ・テウォン=1960年生)会長、ロッテグループは重光昭夫(辛東彬=シン・トンビン=1955年生)会長が参加した。

 この日は、雨の可能性が高く、庭での「生ビール」ではなく、室内での「カクテルパーティー」になった。

 といっても、正装でのカクテルパーティーではなく、ビールをトマトジュースで割った「レッドアイ」などがふるまわれた。

サムスンに感謝している

 文在寅大統領は、 権五鉉副会長に対して「サムスン電子が過去最高益を記録し、さらに半導体やディスプレーに大規模投資をしている。サムスンがいつもわが国経済の成長を引っ張ってくれて、感謝してる」とほめたたえた。

 両日とも、会合は2時間以上に及んだ。気取らず、笑顔で会合を開いた。この点では、「最初の会合」としては成功だったのだろう。

 だが、「時間制限なしで、とことん話をする」と言っていたが、そうはならなかった。

 労働政策、原子力政策、法人税引き上げ…財閥総帥から見れば、「言ってみたいこと」「聞きたいこと」は山ほどあったはずだ。

 大統領の方も、「経営権継承」「大企業の横暴」「労使慣行」…財閥総帥に「意見したいこと」は数え切れないほどあったはずだ。

 だが、まさか、大統領と財閥総帥が言いたいことを言い合うことなどあり得ないことだ。

 進歩派政権と財閥の関係は難しい。だが、双方とも「不仲」になって良いことなど何もない。だからこの2日間の会合は、「和気藹々と」ビールグラス、カクテルグラスを掲げて話し合い、その姿がメディアで大々的に報道されることが重要だったのだ。

 7月27日の会合の後、オットギの商品の販売が、スーパーやコンビニなどで大きく伸びたという。

 あれだけ「模範企業」として報道されれば、すごい宣伝効果だったはずだ。

 一方で、オットギに対する批判もメディアで出てきた。この日の夕食会を機にオットギが、文在寅政権の期間中、韓国でずっと注目企業になることは間違いない。

 「大企業総帥との会合」だったはずだが、意外な企業と人物が、最も注目を集めてしまった。

筆者:玉置 直司