東京都内の「マクドナルド」店舗

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 ハンバーガーチェーン最大手マクドナルドの持ち株会社、日本マクドナルドホールディングスの業績が好調だ。5月10日に発表された2017年度・第一四半期の売上高は610億4200万円(前年同期比16.9%増)と急拡大。17年度(17年12月期)の業績予想も売上高2460億円(前期比8.5%増)と、当初予想の2365億円から100億円近くも上方修正された。

 同社が開示している「セールスレポート」でも、16年1月から17年6月まで「全店売上高」「既存店売上高」「客数」「客単価」すべてで18カ月連続増収となった。16年12月期には当期純利益の黒字化を果たし、一時の深刻な業績不振から完全復活したことを示す。

 好調な業績のタイミングを見計らったかのように、7月29日から同社を取り上げた映画『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』がKADOKAWAから配給された。筆者も事前に試写を観た数人に話を聞いたが、評判も上々だった。そこで今回は、ビジネス的要素の強い同映画の中身と配給までの舞台裏を紹介したい。

●レイ・クロックは「ファウンダー」か?

『ファウンダー』の主人公は、マイケル・キートン演じるレイ・クロックという人物だ。現在、全世界に約3万店、日本国内だけで約2900店も展開するマクドナルドのFC(フランチャイズチェーン)店を築き上げた立志伝中の人である。

 1902年生まれのクロックは84年に他界しているが、77年に自伝となる著書『GRINDING IT OUT』を上梓。その時点で「マクドナルド」は米国やカナダに4000店を展開していた。ちなみに同書は『成功はゴミ箱の中に』(プレジデント社)と改題、日本でも発売され、シリーズ累計17万部を突破するベストセラーとなった。今回の映画の原作でもある。

 実は、クロックはハンバーガー店「マクドナルド」の創業者ではない。1940年に店を創業(戦後の48年にリニューアル)したのは、ニューイングランド出身のモーリス・マック・マクドナルドとリチャード・ディック・マクドナルドという兄弟だ。クロックは54年に兄弟の運営する「マクドナルド」と出合い、均質化されたハンバーガーを迅速に提供されるシステムに感動した。そして兄弟と交渉の末、55年にチェーン展開するFC権を獲得したのだ。『成功はゴミ箱の中に』によれば、その条件は次のとおりだった。

「FC店の売り上げのうち、1.9%が私の取り分となった。(中略)私の取り分のうち、0.5%はマクドナルド兄弟に納めることになった」

 だが、契約の細部をめぐる取り扱いなどで、クロックはマクドナルド兄弟と対立し、やがて袂を分かつ。兄弟にとってクロックは、日本的な表現では「ひさしを貸して母屋を取られる」存在となった。映画でもディック・マクドナルド(弟)が、「ニワトリ小屋にオオカミを入れた」と嘆くシーンが出てくる。

 だからこそ、「ファウンダー」(創業者)という映画のタイトルは意味深なのだ。

●マクドナルドが映画を支援しなかった理由

『ファウンダー』は日本に先がけて2016年に海外で配給されたが、米国のマクドナルド本社は一切支援しない“非公認映画”だ。今回の日本配給でも日本マクドナルドは支援していない。マクドナルド兄弟とレイ・クロックの関係性がデリケートなためだろう。

 試写を観た、外食業界に詳しい経営者は、次のような見解だった。

「レイ・クロック氏は『マクドナルド』の事実上の創業者として、マクドナルド社内では神格化された存在です。映画にも登場する2代目社長のフレッド・ターナー氏も、彼の薫陶を受けました。クロック氏がマクドナルド兄弟から全株式を取得する経緯も描かれた映画は、会社がスポンサーになって全面的に支援できない内容なのでしょう」

 61年にマクドナルド兄弟から商標権も取得したクロックは、店名を「MacDonald」から「The Big M」(ザ・ビッグ・エム)に変更した兄弟の店を窮地に追い込む手法もとった(映画のネタバレになるので詳細は控えたい)。

 筆者は、映画を観たビジネスパーソン何人かに話を聞く機会があったが、総じて評価が高かった。そのなかのひとりは「マクドナルド兄弟とレイ・クロックの関係性にも注目したが、過度に兄弟側に肩入れすることもなく、ニュートラル(中立)に描かれている」と評した。別のひとりは「レイ・クロックが、もっと悪意に描かれているかと思ったが、そんなこともなく、観た後もビジネスにおける彼への評価は変わらなかった」と語っていた。

 なかには「宣伝効果も大きい内容なのに、非公認なのは残念」と話す人もいたが、半世紀以上の歳月を経ても当事者にとってはデリケートな部分なのだ。

 映画の試写も観た、当事者ではない筆者の立場で補足すると、「時代性」もあったように思う。戦後から高度成長期にかけての日本でも、強引な手法で事業拡大を行い、“乗っ取り屋”と称された(後に大企業経営者となった)人物は何人もいたからだ。ある識者からは、「ストックオプションでうまいことやろうではなく、均一化や平準化の視点で外食チェーン店を拡大する、真っ当なビジネス」と指摘もあった。

●数々の「名言」も残したレイ・クロック

 クロックは著書の中で、マクドナルド兄弟について「一筋縄ではいかない人物」と書く一方で、「私のハンバーガービジネスのメンターともいえる」とも記している。それほど兄弟の編み出した「商品の平準化」「清潔な店内」「素早い提供」という画期的なシステムに瞠目したのだ。現在、私たちが手頃な価格でハンバーガーやフライドポテトを食べられるようになったのは、マクドナルド兄弟とクロックのおかげであることは間違いない。

 1983年、雑誌「エスクワイア」によって「20世紀アメリカ人の生活を変えた50人」にも選ばれたクロックは、現在のビジネスパーソンの参考となる「名言」も遺している。最後にそのいくつかを紹介しよう。

「仕事とは、その人の人生にとって、ハンバーガーの肉のような存在である。『仕事ばかりして遊ばなければ人間駄目になる』という格言があるが、私はこれには同意しない。なぜなら、私にとっては、仕事が遊びそのものだったからだ」

「幸せを手に入れるためには失敗やリスクを超えていかなければならない。床の上に置かれたロープの上を渡っても、それでは決して得られない。リスクのないところには成功はなく、したがって幸福もないのだ」

 クロックが「マクドナルド」と出合った時は52歳だった。一般の会社員なら、そろそろ「定年」の文字が頭にちらつく頃だろう。この歳から、あの巨大ハンバーガーチェーン店を構築し、巨万の富を手に入れたのだ。単に「時代が違う」といって片づけられない「人生とは何か、必死に働くとは何か」の本質も示していたように思う。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)

高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
1962年生まれ。(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。最新刊に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社)がある。これ以外に『カフェと日本人』(講談社現代新書)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。
E-Mail:takai.n.k2@gmail.com