『東京ヴァンパイアホテル』は園子温の原点? 映画でもテレビドラマでもない稀有な1本

写真拡大

 メジャーで『新宿スワン供戞17年)を、ロマンポルノ・リブートプロジェクトではローバジェットで『アンチポルノ』(17年)を、その一方でスマホ撮影による自主映画規模の『うふふん下北沢』(17年)、『男殺し桜地獄』(17年)、そしてAmazonオリジナル番組『東京ヴァンパイアホテル』(17年)――これが2017年上半期に発表された園子温の作品たちだ。

参考:園子温の代表作『愛のむきだし』TV版リブートの意義とは? モルモット吉田が解説

 こうした製作規模を問わない量産ぶりを前にすると、肝心の各作品の質も含めて、批評が活発になっても良さそうだが、まったく見かけない。じゃあ、オマエが書きゃいいじゃんと言われそうだが、前述の数本に宣伝絡みのライターとして関わったので公開前後の時期は公平さに欠ける(もし、我こそはというモノグラフを書く気概のある方がいるなら、編集部経由でも筆者に直接でもいいので、連絡をいただきたい)。というわけで、以下はレビューなんてものじゃなく、『東京ヴァンパイアホテル』にまつわる雑感である。

 本作の原点は、園子温が8ミリ映画を撮り始めた時期にまで遡る。法政大学入学後、大林宣彦監督の自主映画『EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ』(66年)の様な雰囲気の映画を目指し、廃墟を舞台にした女吸血鬼と若い男の物語を思いつく。実際、撮影も少し行われたようだが未完に終わり、一部フッテージを流用しつつ、廃墟の一室のみを舞台にした8ミリ映画『ラブソング』(84年)という小品へと姿を変える。こうした挫折の記憶が、ヴァンパイア映画を撮りたいという初期衝動を、30数年の歳月を経て甦らせたようだ。もっとも、ストーリーなどは新たに作り直されているので、大林というよりも、『いつか見たドラキュラ』がオマージュを捧げたロジェ・ヴァディムの『血とバラ』(60年)を園子温流に作ったかのような作品になっているのだが。

 物語は、22歳の誕生日をあと3時間で迎えようとするマナミ(冨手麻妙)が友人たちと待ち合わせた新宿の飲食店で大量虐殺に巻き込まれるところから幕をあける。中川翔子が機関銃でマナミ以外を皆殺しにし、フォークで執拗に刺し続ける描写からして、ドロドロ血まみれ系の園作品を好むなら一気に引き込まれるだろう。唯一、生き残ったマナミの前にK(夏帆)という女が現れて指示に従うように要求する。そこにネオヴァンパイア一族の山田(満島真之介)が登場し、これがKらドラキュラ一族との争いであることが明らかになり、そしてマナミもまた選ばれし者であることが明かされる。

 この第1話は、飲食店内での大虐殺と、歌舞伎町の路上で車を使った銃撃戦が凄まじい。そして舞台はルーマニア、そしてネオヴァンパイア一族が営むホテル・レクイエムこと東京ヴァンパイアホテルへと移る。この極彩色のホテルは日活撮影所に巨大セットが建造され、ロビーを中心に廊下、各部屋が作られている。このホテルが2話以降の舞台だ。

 それにしても、いささかチャチなCGで呆気なく世界の終わりが描かれ(その理由は後に明かされる)、ホテル内で生き残った人類とヴァンパイアたちの存亡をかけた戦いが描かれる2話以降を見ていると、園子温はもはや日本のありきたりな風景には退屈しきっているのではないかと思わせる。『ひそひそ星』(16年)が福島の無人地帯と、東宝撮影所に組まれた宇宙船のセットを中心にしていたように、近年の園作品では、セットの比重が高まっている。『アンチポルノ』の舞台となる極彩色の部屋も日活撮影所に組まれたセットである。

 撮影所の助監督出身ならともかく、自主映画出身監督は、ロケセットでの撮影に慣れているせいもあるのだろうが、撮影所にセットを組んでも、撮影の便宜上そうなったという感じで、セットの特質を活かすことは少ない。その点で、園子温は自主映画出身にもかかわらず、セットでしか出来ない空間を作り出し、存分に活用してみせる。これは、商業映画である程度好き勝手できるようになったから、というわけではあるまい。園子温は自主映画時代から、あたかもセットで作られたかのような場所を厳選して撮ってきたからだ。

 前述の未完成に終わった「廃墟を舞台にした女吸血鬼と若い男の物語」の廃墟とは、現在、新国立劇場が建つ東京都渋谷区幡ヶ谷にあった東京工業試験場跡地で撮られた。ここは80年代の日本映画ではおなじみの有名廃墟である。『部屋 THE ROOM』(93年)では数々の空き物件が登場するが、どの部屋も実に味わい深く個性のある部屋を探し出している。『桂子ですけど』(97年)では、当時、園子温が住んでいた大正時代に建てられた日本家屋を真っ赤に塗り、あたかもセットの如き人工的な空間に作り変えている。おそらく『ひそひそ星』の木造アパート型の和室宇宙船も、『アンチポルノ』の黄色い部屋も、もし自主映画で撮っていれば、かつてと同じように、まるでセットのような部屋を探し、手を加えたに違いない。そして『東京ヴァンパイアホテル』の巨大ホテルも自主映画で作るなら、セットの代わりに前述した様な廃墟を見つけ出して撮られていただろう。

 ことほどさように、園子温にとって、自主映画時代と商業映画時代の線引きは、近年ますます曖昧化している。例えば、『新宿スワン供戮髻園子温の個性がまるで見当たらない作品と思い込んで観ると、なるほど、脚本にも関与していないし、そう見えてくる。ところが浅野忠信が演じた敵対する組織のボスの事務所で壁面いっぱいに引き伸ばして飾られる特徴的な写真を撮ったのが、『桂子ですけど』のヒロインの手によるものだったり、アマチュア時代から何度となく舞台にしてきた故郷の豊橋でロケが行われ、細部に園子温のアイデアが盛り込まれていたりすることを確認していくと、個人映画的要素が、意外なほど細部に散りばめられていることに気づく。

 『東京ヴァンパイアホテル』の冒頭で提示されるマナミの〈誕生日〉〈時間〉という設定からして、あと3週間で誕生日を迎えるヒロインを描いた『桂子ですけど』を思い出させるが、マナミを演じた冨手麻妙は、『俺は園子温だ!』(84年)でキャメラに正対した園子温がバリカンで坊主頭になったのと同じく、鏡に向かって刃を髪に入れて丸坊主となる。実際に彼女は髪を切り落としているのだから驚くが、怯むことなく獣人の様な変貌を遂げていく。この冨手をはじめとする若手俳優たちの度を過ぎた熱演ぶりは、美術セットと共に本作の最も大きな見どころとなる。連続してつきあう俳優には前回とは全く異なる配役にするという園子温のテーゼの通り、夏帆は刀剣を手に『みんな!エスパーだよ!』(13年)の記憶を吹き飛ばすアクション女優へと転身し、『ちゃんと伝える』(09年)で助監督だった過去を持つ満島真之介は念願の出演を果たしているだけに、嬉々として謎の多き男を気品あふれる姿で怪演してみせる。

 はっきり言って、坊主頭で遂には飛翔までする冨手にしろ、血にまみれながら次々と斬りつけていく夏帆にしろ、人間たちをホテルに監禁して世界の終わりを見せつける満島にしろ、これまで演じた役からは、あまりにもかけ離れた突飛すぎる役ばかりである。こんなアホらしい役……などと一瞬でも思おうものなら、それが瞬時に画面から敏感に伝わってきたに違いないが、三者とも、激走する園子温から振り落とされないように食らいつき、這い上がっていく。そして、ホテルと下半身が接続された女帝役という、とんでもない役を与えられた安達祐実が意外なまでに好演していることも付け加えておこう。これは今後の園作品に新たな隠し玉誕生の予感がする。

 本作は連続ドラマ形式ではあるものの、最初こそ緻密な設定と構成が見られるが、後半に行くに従って崩れていくだけに、園子温と俳優たちの熱量に支えられて成立していると言っても過言ではない。なにせ、7話目で園子温がやりたい話を描ききって一応の完結を見るも、まだ3話分が残っているので他の監督にエピローグを任せてしまう。しかも、作品の性格も様変わりするのだから、地上波の連続ドラマを見慣れた視聴者からすれば論外という声も出るだろう。そもそも撮影開始の段階で脚本が完成しておらず、撮りながら脚本が変更され、出演者もどう展開していくのか分からないままいたという。また、Amazonでの配信なのでCMが入らないこともあり、園子温は映画を撮るペースで走り始めてしまい、いくら撮っても終わらなかったというエピソード自体が、常識外だろう。だが、その結果が映画で見られるような全力疾走型の園子温作品が連続ドラマ形式で生まれたのである。まあ、決して誰にでも薦めようという気はないが(Amazonのカスタマーレビューの極端な賛否を見ても明らかだろう)、配信形式のオリジナル企画で、ここまで自身の世界観のもとで極彩色のヴァンパイア・アクションを好き放題に作り出したという点においては、映画でもテレビドラマでもない場だからこそ実現した稀有な1本となるはずである。(モルモット吉田)