南仏カンヌで2008年に開催された第61回カンヌ国際映画祭に登場したフランス人女優ジャンヌ・モローさん(2008年5月17日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】(更新)フランスの大女優、ジャンヌ・モロー(Jeanne Moreau)さんが死去した。89歳だった。代理人が31日、発表した。

 当局関係者によると同日朝、パリ(Paris)の自宅で、亡くなった状態で発見された。

 モローさんは1928年パリ生まれ。父親はフランス人のレストラン経営者、母親は英国出身のコーラスガールだった。父親の希望に逆らい、フランス国立高等演劇学校へ18歳で入学。その2年後、国立劇団コメディ・フランセーズ(Comedie Francaise)に加わった。

 故フランソワ・トリュフォー(Francois Truffaut)監督の『突然炎のごとく(Jules et Jim)』や、ルイ・マル(Louis Malle)監督の『死刑台のエレベーター(Lift to the Scaffold)』、ジョセフ・ロージー(Joseph Losey)監督の『エヴァの匂い(Eva)』など、批評家の絶賛を浴びた20世紀映画に数多く出演。1960年代の自由を体現する女優として輝き、ハスキーな声とはっとする美しさで観客たちをとりこにした。

 1992年には『海を渡るジャンヌ(The Old Lady Who Walked in the Sea)』で、フランスのアカデミー賞(Academy Awards)に当たるセザール(Cesar)賞で最優秀女優賞を受賞。80代になっても現役を貫いていた。

 米国のオーソン・ウェルズ(Orson Welles)監督に「世界最高の女優」と言わしめたモローさんはまた、フェミニストの象徴でもあった。映画界が女性の問題について徐々に意識し始めた時期に、解放された女性の草分け的存在となった。たばこをひっきりなしに吸っていたことを思い出させるしゃがれ声で「肉体的に美しいということは不名誉なことだ」と発言したこともある。

 エマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)仏大統領は追悼の意を表し、モローさんは「映画を体現した」と述べ、「既成秩序に常に反抗する」自由な精神の持ち主だったと語った。

 ウェルズ監督の『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ(Chimes at Midnight)』、ミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni)監督の『夜(La Notte)』、ルイス・ブニュエル(Luis Bunuel)監督の『小間使の日記(Diary of a Chambermaid)』など、偉大な監督たちの作品に次々と出演することになったのも、その生き生きとした反抗精神ゆえだった。

 また、ジャン・ジュネ(Jean Genet)やマルグリット・デュラス(Marguerite Duras)といった作家の小説が原作の挑戦的な映画にも好んで出演した。

 優雅に年齢を重ねると、ロージー監督の『パリの灯は遠く(Mr. Klein)』やエリア・カザン(Elia Kazan)監督の『ラスト・タイクーン(The Last Tycoon)』などで準主役級の役を務めた他、米映画監督のウィリアム・フリードキン(William Friedkin)氏との短い再婚を経て『ジャンヌ・モローの思春期(L'Adolescente)』など自らメガホンも取った。

 世界各地の映画賞を受賞した他、フランスの映画製作者に助成金を付与する国の委員会のトップや、1995年のカンヌ国際映画祭(Cannes Film Festival)の審査員を務めるなど、映画界全体にも貢献した。

 60年を超えるキャリアで出演作は130作品以上。生涯で2回結婚し、脚本家で俳優だった最初の夫、故ジャンルイ・リシャール(Jean-Louis Richard)氏との間に息子のジェロームさんがいる。
【翻訳編集】AFPBB News