中国で“第二の人生”を歩む異色の日本人元Jリーガー 300人の生徒を教える原動力とは

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かつて千葉や広島に所属した楽山に地元紙が密着 深圳でサッカースクールを運営

 かつてJリーグで活躍した楽山孝志氏が現在、中国の深圳でサッカースクールを開き、ジュニア世代の強化に取り組んでいることを、中国紙「GLOBAL TIMES」が特集している。

 楽山氏は2003年にジェフユナイテッド市原(現・千葉)に加入してプロデビューを飾り、08年途中からの2シーズンはサンフレッチェ広島でプレー。ロシア2部FCヒムキを経て、11年に元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏が率いていた深圳紅鑽に移籍し、3シーズンにわたってプレーすると、13年末に現役引退を発表した。

 スパイクを脱いだ後も中国に住むことを決心し、サッカースクール「TCF楽山サッカー塾」を開校。日本人元Jリーガーとしては異色のセカンドキャリアを歩み始めた。

 同記事では、中国スーパーリーグで初めてプレーした日本人選手として紹介されたうえで、現在は広東省の深圳市にサッカー塾を設立し、中国に日本サッカーのスピリットを伝授する初めての助っ人であることも伝えている。

「僕は深圳を愛しているし、ここで最高の日々を過ごしている。引退後、この街にどうやって貢献していくべきかを考えていた」

現役時代に見抜いた中国育成システムの課題

 中国スーパーリーグには近年、潤沢な資金を背景に多くの大物助っ人が加入しリーグの発展に貢献してきたが、楽山はその他多くの外国人選手とは異なり、中国サッカー界がプロを目指す子どもたちの育成に、より目を向ける必要があると感じていた。

 引退後もサッカーから離れることを望んでいなかった楽山は、当時から中国の10代の選手を育てるシステムに大きな課題があると見抜いていたという。10代の選手を育成するうえでの責任を負う中国人コーチのほとんどが、プロサッカー選手としての経験を持っておらず、「トレーニング中、彼らは練習風景をただ見ることしかできず、子どもたちの持つ小さな欠点を見落としてしまっている」と感じていた。

 そこで楽山は、日本式のトレーニングを導入。子どもたちにプレーする方法を教える代わりに、プレーへの考え方に刺激を与えるよう心掛けた。子どもの親が練習場に乗り込んできて、もっとパスの仕方、シュートの仕方、サッカーのプレー方法を教えろと訴えてくることもあったが、楽山は「何をするべきか判断する知恵を絞れ」と子どもたちに主張し続けたという。

 開校時はわずか10人ほどの生徒しかおらず、そのほとんどが日本人だった。しかし、それが現在では300人以上となり、その大半が中国人。親も喜んで、日本式のトレーニングを導入するスクールに子どもを送り出すようになったようだ。

「僕が考えるべきことはサッカーだけ」

 現在、中国人の生徒のほとんどは一人っ子だという。その影響もあり、一人ひとりが各家庭の注目の的となる環境で育てられ、それが日常となってしまっている。「中国人の子どもは比較的、サッカーで最も重要な要素であるチームワークが非常に悪い」と、自己中心的な考え方がピッチにも反映されると指摘した。

 日本人の子どもはボールを動かすために互いに連動していく傾向にある一方、中国人の子どもは自分がヒーローとなることに価値を見出しているという。楽山は、その考え方からメスを入れ、生徒のポテンシャルを最大限に引き出すよう努めている。

 同紙のインタビューでは、中国と日本の関係性や政治についてほとんど口にしなかった。「そんなものには興味がない。僕が考えるべきことはサッカーなので」と語った楽山の将来の夢は、教え子が日本代表と中国代表の国際大会のメンバーに加わること。そこに辿り着くための道は長く険しいものだが、それでも楽山は中国の地で一歩一歩、着実に前へと進んでいるようだ。

【了】

フットボールゾーンウェブ編集部●文 text by Football ZONE web

楽山孝志氏公式ブログのスクリーンショットです●写真