甲子園で本塁打3本を放った男

 今年も高校野球の熱戦が各都道府県で繰り広げられた。そしてまもなく甲子園での本大会が始まる。その人の高3夏も、熱かった。旭川工業戦で2打席連続本塁打を放ち注目を集めた。続く桐蔭学園戦でも本塁打を放ち大会3本塁打。高木大成、高橋由伸らスター選手たちの前で輝きを放ち、ベスト4まで進出。残念ながら準決勝で沖縄水産高校に敗れ地元・鹿児島に戻った。鹿児島実業高校での3年間で春夏合わせて甲子園に4回出場。プロへの夢を持ちボールと向き合った若者はいま、ブルペン捕手としてマリーンズの投手陣を陰ながら支えている。

「確かに地元ではウチの選手たちはみんなアイドル的な扱いを受けていたよね。ちょっとしたフィーバーだった。甲子園を見るとあの時を思い出すな。まだラッキーゾーンもあって、今とはちょっと雰囲気が違うけど、オープン戦や交流戦でグラウンドに立つとやっぱり昔と変わらない。あの時の事が懐かしく思い浮かぶ」

 味園博和ブルペン捕手は遠い青春に想いを馳せ、目を細めた。専修大学に進み、その後、社会人デュプロに進んだ。社会人ではOA器具全般の営業の傍ら、必死に練習をしてプロを夢見た。主な営業先は保育園、幼稚園、病院など。午前中に仕事をして午後に練習という毎日は多忙だったが、充実をしていた。ただ、27歳の時にバッテリーコーチ兼選手という肩書になったことでプロという目標の未練は捨て去った。転機は08年、35歳の時。6月に野球部の廃部が発表をされた。秋の日本選手権までは活動をするが、それが最後。突然、子供の時から全身全霊、取り組んできた野球との決別という現実を突きつけられた。


2009年にマリーンズに入った味園博和ブルペン捕手 ©梶原紀章

背中を押してくれた後輩・黒田博樹の言葉

 その状況の中で思いもかけないオファーが飛び込んだ。千葉ロッテマリーンズから声がかかったのだ。キャッチング能力とそのコミニケーション能力を高く評価され、ブルペン捕手でのチームスタッフ契約を打診された。遠い世界にあったプロ野球が自チームの廃部と共に突然、目の前に迫ってきた。しかし、難しい決断をせまられた。

「子供も3人いたしね。不安定な単年契約になるわけだから、今後、会社に残った時の退職金との兼ね合いとかも考えたりね」

 いろいろな人に相談をした。鹿児島実業高校時代の1年先輩でプロ入りし、引退後に福岡ソフトバンクホークスでブルペン捕手を務めている内之倉隆志氏は「いい話じゃないかな」と背中を教えてくれた。高校時代、寮では同部屋で可愛がってもらった大先輩の言葉は頼もしかった。

 最後の一歩を踏み出す勇気をくれたのは専修大学の1歳年下の後輩で昨年、広島東洋カープを引退した黒田博樹氏だった。シーズンオフにアメリカから帰ってきたタイミングに大阪で2人で食事に行く機会があった。その時に相談を持ち掛けた。

「アメリカではコーチも含めてプロ野球未経験の方がたくさんメジャーの一員として第一線で活躍しています。日本はどうしてもプロ経験者ばかり。日本の新しい道を作るうえでもいい選択肢の一つだと思いますよ」

 いろいと悩んでいたがその一言で吹っ切れた気持ちになった。そして12月に球団に「お世話になります」と電話を入れた。

 やれる自信はあった。社会人時代に外部投手コーチとしてグラウンドに来ていた故梶本隆夫氏(阪急ブレーブス)に言われたことがある。「お前のキャッチングはプロでも十分に通用する」。嬉しくてもう一度、聞き返した。「これで飯を食えますかね」。力強くうなずいてくれた。マリーンズからオファーが届いた時、その時のやりとりも脳裏に蘇っていた。挑戦をする大きな材料の一つとなった。

1日で約500球 ブルペン捕手の役割

 プロ野球ではキャンプでは1日500球ほど投手のボールを受ける。シーズン中は練習中に先発を控えた先発投手のボールを40球ほど。試合前にその日の先発のボールを最初の10球を受けて、マスクを被る捕手に代わる。試合中はブルペンで3人ほどの投手を一人あたり20球ほど。その中で意識をしていることは「投手に気持ちよく投げてもらうこと」だ。ボールの状態が悪くても決してマイナスな事は伝えない。逆にナイスボールが来たら、捕球後、数秒はミットを微動だにさせずに余韻に浸らせる。投手から「ちょっと、良くないですよね」とマイナスな発言が飛び出しても「ちょっとね。でも前回、抑えた時もブルペンではこんな感じだった。だから大丈夫」というように励まし、肯定的な材料を提供する。捕球音もパーンと音が出ることを意識することで投手が乗ってくることも多々ある。とにかく気持ちよく投げてもらうことに徹する。

「オレが大学時代はちょうど伊東監督がライオンズの正捕手で憧れだった。日本シリーズとかを見ているとボールを包み込むようなイメージだった。投手を気持ちよく投げさせる捕手という感じ。自分もずっとそのイメージを大事にしている」

 笑福亭鶴瓶のような優しい表情に投手陣も安心感を感じるのだろう。今日もいつものようにミットを手にブルペンに向かう。中3の時にボーイズリーグ日本代表としてメキシコで行われた世界大会で世界一を経験した。高校でも日本代表で甲子園に4回出場し3年夏には本大会で3本塁打。専修大学では男・黒田の1つ先輩で小林幹英氏と同級生。そして社会人では6年連続で都市対抗に出場(日本生命の補強で4回。大阪ガスの補強で1回。自チームで1回)。イチロー(マーリンズ)と同じ年の黄金世代だ。そんな華やかな経歴を入団後、一切語ったことはない。だから、私はここで紹介をしようと思った。甲子園の季節。プロを夢見る若者たちに、プロという世界で選手以外の道を究めようとする男がいることを教えたかった。そしてなによりもマリーンズを陰ながら支える男の存在をファンの方に知って欲しかった。

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)

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(梶原 紀章)