7月19日、ブラジルのリオデジャネイロで元気な男の子が誕生した。特徴のある大きな目と丸っこい鼻……。母親は「私のアモール(愛する人)にそっくり」と喜び、彼と同じ名前をつけた。「これほど美しいプレゼントをくださった神様に心から感謝します」と自身のインスタグラムに記した。

 だが、父親がこの赤ちゃんを腕に抱くことは決してない。この子が父と対面することもない。なぜなら、父親は8カ月も前に天国へ旅立っていたのだから。


飛行機事故に見舞われたシャペコエンセイレブン。前列左から3人目がチアギーニョ

 父の名はチアゴ・ダ・ロッシャ・ヴィエイラ、愛称チアギーニョ。享年22歳。軽やかな身のこなしで敵の最終ラインをすり抜け、左足から強烈なシュートを放つ将来有望な若手ストライカーだった。

 チアギーニョはリオ州内陸部の出身で、地元のアマチュアクラブでボールを蹴り始めた。サンパウロ州の小クラブのU-20部門にスカウトされ、ここで最初のプロ契約を結ぶ。昨年7月、ブラジル南西部の中堅クラブ、シャペコエンセへ移籍。ブラジルリーグで23試合に出場して4得点を記録した。

 生涯最後の得点は、昨年の11月20日。強豪サンパウロとの試合で豪快なミドルシュートを叩き込み、スタンドから喝采を浴びた(これが昨年のチームにとっても最後の得点となった)。その3日後、彼は18歳の新妻グラジエーリさんから妊娠を知らされて、有頂天になる。

 前述のようにシャペコエンセは、ブラジル南西部の人口21万人のシャペコに本拠を置く地方クラブだ。1973年に地元のアマチュアクラブが合併して誕生したが、長いこと州や地方の大会に出場するだけの、ブラジルのどこにでもあるような弱小クラブだった。2000年代中盤には、負債が累積して破綻の危機に瀕したが、クラブ関係者が市、地元財界、市民に援助を訴えて再建に奔走し、辛うじて存続に成功する。

 以後、徐々に実力を蓄え、2009年にブラジルリーグ4部に参戦すると、わずか5年で1部まで駆け上がって「奇跡のクラブ」と呼ばれた。さらに、昨年は南米のカップ戦であるコパ・スダメリカーナ(欧州のヨーロッパリーグに相当する)で並みいる強豪を次々と撃破し、決勝まで勝ち上がった。

 しかし、クラブが創立以来最高の瞬間を迎えたまさにそのとき、世界のスポーツ史上でも類を見ない悲劇に見舞われる。11月28日深夜(日本時間29日午前)、コパ・スダメリカーナ決勝第1レグを戦うためコロンビアのメデジンへ向かっていたチャーター機が山岳地帯に墜落し、搭乗していた選手22人中19人、カイオ・ジュニオール監督(元ヴィッセル神戸)らコーチングスタッフ14人全員、さらにサンドロ・パラオーロ会長らクラブ関係者11人が死亡。その中のひとりが、公私両面で幸せの絶頂を迎えていたチアギーニョだった。

 事故の直後、彼の親族が2分半ほどの動画を公開した。11月23日、つまり亡くなる5日前、グラジエーリさんが夫を驚かせようと、「パパになるあなたの幸せは、ママになる私の幸せでもあるのよ」と記したカードと、これから生まれる赤ちゃんのための小さな靴を納めた箱を夫のチームメイトに託し、チームの宿舎で彼に手渡してもらったのだ。

 チアギーニョは突然の”プレゼント”に最初は怪訝な顔をしていたが、事情を理解すると大声を上げ、チームメイトたちと抱き合って喜んだ。この動画はネット上でブラジルだけでなく世界中の人々に視聴され、シャペコエンセの悲劇を象徴する出来事のひとつとして記憶されることになった。

 悲報を聞いたグラジエーリさんは、当初はあまりの衝撃と悲しさで涙も出なかったという。1週間ほど経つと、今度は毎日、涙が止まらなくなった。来る日も来る日も、少しずつ膨らみ始めたお腹を抱えて泣いていた。

 しかし、やがて「彼のためにも、生まれてくる子供のためにも、もっと強くならなければ」と思い直し、自身のインスタグラムに「パパ。ママは必死に頑張っているよ。僕たちを天国からずっと見守ってください。パパを愛しています」という”息子からパパへ宛てた手紙”を掲載。「これで気持ちが吹っ切れたの」と周囲に漏らした。そして、「陣痛のとき、彼の励ましの声が確かに聞こえて」(グラジエーリさん)、無事、出産を終えた。

 彼女は、「主人は今日も、明日も、そして永遠に私とチアゴを愛し、見守ってくれています」と言い切る。

 チャーター機に搭乗していた77人のうち71人が犠牲になった。そのひとりひとりに、きっとこのような切ない物語があるのだろう。

 シャペコエンセは、8月上旬に来日し、15日、埼玉スタジアムで昨年のルヴァンカップ覇者・浦和レッズとスルガ銀行チャンピオンシップを戦う。ヴィニシウス・エウトロピオ監督は、「事故で亡くなったすべての人々とその遺族のためにも、我々は日本のファンの前で渾身のプレーを見せ、シャペコにタイトルを持ち帰る」と語っている。

 シャペコエンセにとって、これは単なるサッカーの試合ではない。天国からこの試合を見守っているであろうチアギーニョら71人とその遺族からの応援を背に、死力を尽くすはずだ。

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