カタカタカタカタと、上野ゆき京成電車の軽くて乾いた足音の向こうに、婆ちゃんたちの快活な声が聞える。
「どっこも悪くねえのにさ、検査でよ」
「薬ばっかり山のように出してなあ」
 婆ちゃんたちの声は、列車の最後部車両から。こちらはその隣の車両で聴いているわけだが、彼女たちのいる最後部との連結部分には、こんな文字の暖簾が垂れ下がり、一般客の立ち入りをやんわりと断っている。
「この車輌は 行商専用車 です」
 列車番号732、芝山千代田7時46分発、上野ゆき普通電車。この列車の最後部は、平日だけ婆ちゃん専用車両となる。地元・千葉で採れた野菜などを背負う行商婆ちゃんの専用列車が、京成に唯一1本、かろうじて残っている。窓ガラスには、「嵩高荷物専用車」なる文字を掲げ、連結部分に、先ほどの暖簾を掛け、一般客のうっかり乗車をバリアしているというわけだ。

強烈な役者が集結する京成劇場

 朝の京成電車内はまるでコントを見ているようだ。婆ちゃん専用車を見に行こうと、早朝、成田方面の下り電車に乗れば、「場違いじゃない!?」と思うほどの美女に出会えたりする。スラリとしたボディにキリッとアップした髪、地味なバッグにCREWという文字。外資系航空会社のキャビンアテンダントだ。これがまた、京成のどこか土臭い空気に混じらず、ギャップが珍妙。
 下り電車に端麗なCAがいれば、上り電車にカツギ屋の婆ちゃんがいる。この、732列車の行商専用車の隣の車両に立てば、ちょっぴりグッときて、ポワッと笑えるシーンに出会える。

 京成臼井駅。地元の新鮮なブツを満載した婆ちゃんたちが、ドカッと乗り込んだ。グッとくるのは、カツギ屋の背後にいるオシ屋の姿。80を超える行商の婆ちゃんに、それよりも若いおばちゃんたちが付き添い、カツギ屋を電車に乗せるまでフォローする。
「はいはい、よろしくお願いしますね」
 車掌にひと言声をかけると、プシューとドアが閉まる。通い慣れた道のリズムと女だけのチームワークが見事。
 この日の婆ちゃん専用車の客は4人。
 千葉の恵みを背負った女性たちは、千住大橋や町屋といった下町の駅で降りていく。その姿は、小さな身体が豪快な荷に隠れてしまい、箱がひとり歩きしているようにも見える。

季節を乗せて走るいい塩梅各駅停車

 関東大震災の直後や戦後、こうした女性たちの東京へ向けた物資輸送はピークを迎えるが、モータリゼーションや流通網の発達、さらにはネットショッピングの台頭によって、その数は激減。都心でもとんと見かけなくなった。
 婆ちゃんの葱を買っていたという町屋の蕎麦屋の主は、遠くを見つめる。
「再開発だ何だって、町も厳しくなってね。昔の風情がどんどん消えていくよ」
 ずっと見ていたことはナイショにし、駅前で商いを始めた婆ちゃんの前に立つ。見慣れぬ怪しい男の「胡瓜をひと山」というリクエストに、頭巾の女性は淡々と、艶々の野菜を袋に詰める。お金を渡し、胡瓜が手元にやってきたとき、彼女の手はぬかの匂いがかすかにしたような……。一瞬、79歳で死んだウチの婆ちゃんの、ぬかどこをいじる姿がよみがえり、ウルッときた。
 トレーサビリティなんてどこ吹く風。農家の人たちから、行商の婆ちゃんへ、婆ちゃんからひとりの客へ、手から手へ。瑞々しい千葉が、婆ちゃんに背負われて、各停732列車で運ばれてくる。
「これから出てくるそら豆も旨いよ」
 春が旬の野菜も教えてくれた。暖かくなったころ、チカラの入ったそのそら豆を求めに、また婆ちゃんに会いに行こう。ビールを冷やしておいて。
 さっそく婆ちゃんの胡瓜をぬか漬けに。カリッとやれば、京成の車窓、千葉の匂い、見送るオシ屋の心配顔、カツギ屋の笑い声がパッと浮かぶ。
 京成732列車。サウダージだけじゃない、新しくて懐かしいシーンに出会えるその電車は、どこか、ぬかどこにも似た、カラダにイイ植物性乳酸菌が含まれているようにも見えてきた。
 ぬかどこ電車、きょうもいい塩梅。

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2012年4月号に掲載された第1回の内容です。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

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