2017年7月23日、中国国営通信社、新華社は西沙諸島(パラセル諸島)の永興島(ウッディー島)に映画館を建設したと報じた。中国は近年、南シナ海に浮かぶ西沙・南沙諸島などの領土紛争地域への実効支配を強化中であり、2012年には(管轄地域内に定住住民が1443人しかいないにもかかわらず)海南省が直轄(地級市)する新たな行政区画「三沙市」を設置した。

 この三沙市は、南シナ海の紛争地域で最大の面積を持つ永興島に市の中心を置く。中国は近年、民間機も離発着する空港の開設、学校(全校生徒32人)の開校、テレビ局「三沙衛星テレビ」の開設など、ベトナムも領有権を主張するこの島を拠点として、かなり強引に三沙市の都市実態を作り上げる試みを進行中である。

 昨年12月には、海南島の海口から永興島に、海南航空のチャーター便が飛ぶようになり、将来的には定期便運行も計画されているという。海南島とはフェリーも運行中だ(海南島、西沙諸島の位置関係は下のGoogle mapを参照)。

 数カ月前、私はこれらの話を聞いて、普通に三沙市へ「旅行」に行けないかと考え、中国人の友人を通じて同市の関係者に問い合わせてもらったことがある。中国では政治的にそれなりに敏感な場所でも、旅行会社に個人ツアーをアレンジしてもらえば、監視員付きではあるものの大概の場所に行くことができる。だが、残念ながら友人の返事は以下のようなものだった。

「驚きました。全然ダメですね。中国国籍を持たない人間は、旅行者経由でも絶対に永興島に行ってはいけないそうです。中国政府の認識では『中国人』である香港・マカオ・台湾の人でもダメだそうですから、日本人が行くのは絶対に無理ですよ」

 少なくとも現時点では、特殊部隊員でもない限りは日本人が三沙市へ侵入する方法はないようだ。実に歯がゆい思いである。

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バカンスなのに愛国主義活動

 実際に行けないのは悔しいが、中国人向けツアーの一例を紹介してみることにしよう。中国の大手旅行サイト「Qunar.Com」に表示される西砂諸島ツアーは、北京発の5泊6日のクルーズツアーが7290元(約12万円)から。北京から海南島の三亜に飛び、そこから豪華クルーズを楽しみつつ西沙諸島に接近して、2島嶼に上陸する。ツアーのハイライトである第3日目のタイムスケジュールは以下の通りだ。

05:40-06:00  クルーズ船上にて南シナ海の日の出を撮影
06:30-07:30  船内にて朝食
08:40-09: 45  全富島(注.ベトナムと係争中)に上陸
10:00-10:30  愛国主義活動(国旗掲揚、宣誓、記念写真)
10:30-12:00  島内観光など
12:00-13: 30  船内にて昼食
14:30-17: 30  鴨公島(注.ベトナムと係争中)に上陸。漁民の村を訪問。希望者は自費にてダイビングや洞窟観光、フィッシングもできる
18:30-19: 30  船内にて夕食
20: 00-21:00  船内にて西沙海戦(注.1974年に中国が南ベトナム海軍を破って西沙諸島を占領した戦い)の記録映画を鑑賞
21:00- 22: 00  船上にて夜の歌謡ショー

7290元の西沙クルーズを呼びかける旅行広告。「心のなかにある遠くのあの海を征服しよう」というサザンの歌詞みたいなキャッチコピーのもとで、参加者が本当に海外領土征服の尖兵を務めるという笑えないツアーである


「Qunar.Com」では他にも、北京発4泊5日で2万8150元(約46.5万円)のツアーが紹介されている。ずいぶん高価なのに先のツアーと同じ客船の同じ客室に宿泊するらしく、違いがよく分からないのだが、こちらは鴨公島・全富島に加えて銀嶼(やはりベトナムが領有権を主張)にも上陸できるスケジュールだ。

 当然ながら「愛国主義活動」も組み込まれており、鴨公島で国旗の掲揚を行うようである。高いカネを払って豪華クルーズ船で南の島までバカンスにやってきて、なぜそんなにムサ苦しいことをしなくてはならないのか理解に苦しむところだ。

いざ旅行に行っても「なにもなくてヒマ」

 中国の旅行サイト「携程(Ctrip)」の旅行口コミを確認すると、西沙諸島の複数の場所について実際に訪れた人の投稿が見つかる。なかでも市の中心がある永興島の口コミは41件で、観光開放する以前の2013年頃から(おそらく軍人や公務員による)投稿がなされている。

 では、ニュース記事でしばしば登場する、中国の南シナ海侵略の拠点は、旅行の視点から眺めるとどんな場所なのか。以下に見てみることにしよう。

【2016年12月訪問 景色:5点 おもしろさ:5点 コスパ:4点】
公務の関係で永興島に上陸しましたが、非常にキレイでした。永興島は三沙市政府の所在地で、軍事基地を除く場所には住民や漁師がいますし、病院、学校、スーパーほかの商店もあります。島は昼夜の寒暖の差が大きくて、昼は暑いんですが夜間はかなり冷え込みます。島のメインストリートは北京路。人生のなかでここに来てみるのも、なかなかアリですよ。

【2017年4月訪問 景色:5点 おもしろさ:4点 コスパ:4点】
三沙市人民政府の所在地です。空港や港はすごくキレイですね。主な見どころは三沙市政府庁舎、将軍林、日本軍が残した砲台、中華民国海軍が建てた西沙諸島奪還記念碑、三沙市成立記念石なんかですね。島内のホテルは「西沙賓館」ひとつだけです。

【2017年3月訪問 景色:5点 おもしろさ:5点 コスパ:3点】
ここは祖国の一部でもありますし、自然のままの状態の海があるし、西沙海戦があった場所でもあるので、やっぱり行く価値はあります。ただ、モルディブとかフィリピンのボラカイ島とか海外のトロピカルリゾートと比べるとちょっと高くつくんですよねえ。

【2016年3月訪問 景色:5点 おもしろさ:4点 コスパ:3点】
いちど来てみる価値はあるんですけど、長期滞在には向かないです。なにもなくてヒマです。来たその日のうちに離れるくらいで充分のような。

【2017年4月訪問 景色:5点 おもしろさ:1点 コスパ:5点】
暑い。めっちゃ暑い。島の食堂のハタ料理がうまかった。でも野菜と肉が物資不足。あと淡水が不足している。

【2016年7月訪問 景色:5点 おもしろさ:5点 コスパ:5点】
一家三人で楽しい旅行ができました!

 のんきに旅行口コミを投稿している様子がカオスである。もっとも、永興島の面積は2.6平方キロメートルで、大阪の万博記念公園とほぼ同じ程度の広さしかない。現地に来ても「なにもなくてヒマ」なのも当然だ。

 投稿の内容は時期が新しくなるほどにヌルくなっており、領土紛争地に中国的な「平和」がもたらされていく過程をリアルタイムで見て取ることができる。

「Qunar.Com」が掲載する西沙諸島ツアーの写真。都市部の金持ちリア充中国人が南海を侵略していく


 中国はこのようにして南シナ海の実効支配の拡大をおこなっているほか、最近はチベット山間部のインド国境でインド軍と軍事衝突一歩手前の緊張状態に陥っている。日本の尖閣諸島に対する動きは最近はやや低調に見えるが、中国公船による日本の領海やEEZ(排他的経済水域)への侵入の動きは止まない。

 果てしなき領域拡大を求めるギラギラとしたナショナリズムの後にやってくる、ユルい雰囲気が漂うツアー旅行や口コミ投稿――。そんなチグハグすぎる現象が段階を踏んで進行していくのが、中国の対外拡張の現実なのかもしれない。

筆者:安田 峰俊