「和える」代表取締役の矢島里佳氏。京都直営店 aeru gojoにて(写真提供:和える、以下同)


 近年、日本の伝統産業の“再発見”と“再構築”が進んでいる。特に都市部の若い起業家層によって、伝統産業が現代的センスをもって生まれ変わる例を目にするようになった。しかも、伝統の本質はいささかも損なわれず、先人たちの知慧が現代に生きていることを実感させてくれる。そうした取り組みをしている起業家の筆頭格が「和える」代表取締役の矢島里佳氏(29)である。

(前編)「伝統産業に革新をもたらした“意表を突く発想”とは」

 彼女の事業は多岐にわたるが、核をなしているのは、“0から6歳の伝統ブランドaeru”である。日本の伝統産業の職人さんたちの技術を用いて、幼少期から大人になるまで使える日用品を企画・開発・販売している。出産祝いや誕生日祝いなど贈り物を通じて、赤ちゃんや子どもたちが日本の伝統に触れ、その家族も伝統産業について知る機会が得られるような品々である。

 前回、洋の東西を問わず、伝統を現代に活かすことの難しさを指摘した。伝統には、決して変えてはいけない「不変」の対象と、環境変化に即して変えるべき「革新」の対象がある。しかし、それが分かっていても、両者の識別が的確に行えず、そのため、変えてはいけない部分をどんどん変えて迷走したり、また、的確な識別ができても、具体的にどう取り組んでよいか分からず、そのまま時代の変化の波間に沈んでしまったりするケースも多い。矢島氏は、その難しいポイントをどうしてクリアできたのだろうか?

「青森県から 津軽塗りの こぼしにくいコップ」


津軽塗りの製作の様子


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誰かの犠牲を前提にするビジネスの時代は終わった

 要因の第1は、彼女の経営哲学にある。

「あらゆる存在がやがて滅び、循環してゆくのが自然の摂理です。企業経営もその中に包摂されており、私たちはそうした摂理に適った行動を取ることが大切だと考えます。

 だから、誰かを不幸せにし、良心の呵責に苦しむような事業をしてはいけない。そういう意味で、WIN-WINという言葉は馴染みません。なぜなら、当事者同士が良ければ他者はどうなってもよいというニュアンスが感じられるからです。昔から日本に伝わる『三方よし』が私には一番しっくりきます。

 さらに言えば、“お客様は神様です”という価値観にも違和感があります。たとえば、顧客が低価格を望んでいるからという理由で、商品本来の適正価格をつけることができなくなり、結果として、伝統産業であれば、職人さんたちの“匠の技”を安く買い叩くことにつながります。そして、結局、そうした姿勢が伝統産業の衰亡を招いてきたのです」

 彼女の言う「不幸せにする“誰か”」には、自然界も含まれる。

「起業前に、ある職人さんとの会話で、“ものづくりを続けることは、ゴミを作ることになるのではないか? ものを作らなければ自然はそのままなのに”というお話が出ました。でも、誰かがものを作るのだから、そうであれば、自分が職人さんとともにゴミにならないものを作ろうと決心しました」

 自然の命を頂くことで自分たちが“商いをさせてもらっている”以上は、その頂いた命を大事に使い切りたいという想いから、「和える」では、何世代にもわたって使える製品作りをしている。製品が割れたり欠けたり破れたりした際には“直す”ことで長く使えることを知ってもらい、一部商品ではお直しも行っている。

 実は、こうした経営哲学こそが、今、日本を変えようとしつつある若手・中堅起業家層に共通する価値観となっている。

事業構想マトリクスから見た「和える」の事業

事業構想マトリクス(筆者作成)


 右の「事業構想マトリクス」をご覧いただきたい。「ソーシャル・アントレプレナーシップ(=社会起業家精神)・レベル」と「イノベーション・レベル」の2軸を取ると、4つの象限に分かれる。

 矢島氏が述べた「誰かを不幸せにする事業」とは、左上の「誰かの犠牲の上に立脚する<20世紀卓越企業>タイプ」である。敗戦後の日本においては、1日も早く経済の復興・発展を実現するために、環境破壊をはじめ多少の犠牲はやむを得ないという価値観が支配的であったし、その下で多くの技術革新が行われた。しかし、今はもうそういう時代ではない。

 左下の「旧来型商売人タイプ」は、社会課題への関心もなく、革新的な製品開発をするわけでもなく、要領よく立ち回って、とりあえず自分たちだけが儲かればよいという人々。

 右下の「旧来型社会起業家」タイプは社会課題への問題意識が高い篤志家的な人々。しかし、イノベーティブでないために社会を変える原動力にはなり得ず、影響力は一部に留まる。

 以上に対して、現代日本において若手中堅起業家の中で勃興しつつあるのが、右上の「現代版・三方よし<21世紀卓越企業>タイプ」だ。

 まさに、矢島氏が目指しているように、社会課題を解決するために、イノベーティブな取組みを行う。そして、それに際しては、自社の顧客はもとより、製品等を製作してくれる人々(企業)、その原材料を提供してくれる自然環境、自社の商いを支えてくれる地域社会、自社を担ってくれる社員など、あらゆる存在に対し「報恩するにはどうしたらよいのか」を考えて経営を行う。

 矢島氏の姿勢は、日本の商いの淵源へと通じる「三方よし」を、現代のビジネスの文脈の中で、より多面的・複眼的に実践する「現代版・三方よし」と言えよう。

 この姿勢を堅持している限り、伝統の何を変えれば(or 変えなければ)、誰にどういう影響が及ぶか(or 及ばないか)、おのずと明らかになり、不変と革新の対象の識別は的確なものとなる。

文化が経済を育て、経済が文化を育む

 要因の第2は、文化と経済の循環に関する矢島氏の洞察にある。「文化が経済を育て、経済が文化を育む」と彼女は強調する。

 文化と経済の関係性を示す例として、よく引用されるのが、世界的タイヤメーカー「ミシュラン」だ。同社はレストラン、ホテルや観光の情報を提供する「ミシュランガイド」でも知られる。

 このガイドは、自動車が一般市民に普及していなかった1900年当時、「自動車旅行」という新しい文化・ライフスタイルの提案を通じて、自動車(結果として同社のタイヤ)の販売を促進しようという目的で発刊された。「ミシュランガイド」を通じて自動車旅行が文化・ライフスタイルとして定着すれば、自動車産業(=経済)が発展し、そこからまた新しい文化・ライフスタイルが提案されることで、さらなる経済発展が促進される。

 これは、しかし自動車産業に限定される話ではなく、多くのBtoC産業に当てはまる普遍的真理である。

 矢島氏は、日本のアイデンティティと言ってよい伝統産業をベースに、国内外の人々の潜在欲求(=wants)に訴求する斬新な製品を創出し、併せて、それを活用した魅力的な文化・ライフスタイルを提案する。それがアクセプトされることで経済発展が生じる。そして、そこから、その時代にふさわしい、また新たな「製品開発+文化・ライフスタイル提案」をしていく。文化と経済は、このような“スパイラル的発展”を遂げていく。

 しかし、そのためには、段階ごとに、時代に即した変革が必須であり、何をどのように変えるべきか(変えざるべきか)が厳しく問われることになる。矢島氏は、そのスパイラルの全体像を超長期的・俯瞰的に眺めることで、変えるべきこと(変えざるべきこと)が、おのずと明らかになるのである。

矢島氏(中央)とスタッフ


筆者:嶋田 淑之