提供:週刊実話

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 船越と再婚したのは2001年6月。だが、松居はバツイチ子持ちで、船越より3歳年上…。
 「彼の両親は、結婚を頑として認めませんでした。俳優だった父・船越英二は、'07年に亡くなるまで一度も松居には会いませんでした」(前出・ワイドショー芸能デスク)

 それでも船越は、松居と息子に寄り添うという“男気”を見せた。
 「松居も、その心意気に感謝し、船越のPRに余念がありませんでした。彼の出演番組を紹介した手作りのチラシを毎月3000枚以上、近所の商店街に配ったり、飛行機に乗った時には周囲の一般乗客へも配ったりしていました」(前出・芸能記者)

 こうして、夫を人気俳優に押し上げた松居は、“お掃除名人”としても大活躍していく。
 自身が考案した掃除用具“マツイ棒”や掃除方法をテレビや雑誌で紹介したり、人生などを語る講演会などで全国各地を飛び回り、大いに稼いだ。

 '05年には、“ベスト・ファミリーマン&ワイフ”にも選ばれ、芸能界きっての“おしどり夫婦”と評されたものだ。
 「愛媛女子短期大学健康スポーツ学科の特任教授も務めました。マツイ棒の作り方や、夫の操作術、ピンチ脱出法などを教えていました。こちらも、今振り返って見ると、とても意味深長な内容ですね」(前出・小松氏)

 雲行きが怪しくなってきたのは、2年程前。
 「松居が自著の出版記念会見で突然、船越と川島なお美の過去の交際を暴露してからです。以降、夫婦の不協和音が取り沙汰されるようになり、別居や離婚危機が何度も報じられるようになったのです。事実、船越は自宅近くのマンションで“独身生活”を楽しんでいます。ずっと、別居生活をしているのです」(前出・芸能レポーター)

 そして、松居の暴発によって明るみに出たのが、今回の離婚騒動だった。
 「松居の勝ち気すぎる性格にイヤ気がさした船越は、別居生活を始めた頃、すでに離婚の意思を伝えているんです。それを松居が拒否し続けてきたというのが実情なのです」(前出・ワイドショー芸能デスク)

 6月末には、船越の代理人弁護士が松居に“調停申立書”を送ったという。
 「こうした船越側の動きを察知した松居が逆ギレし、船越のアラ探しをしてマスコミやブログを使って大騒動に仕立てあげたのです」(前出・芸能記者)

 船越側が裁判所に提出した申立書には、財産を求めない記載があるという。
 「とにかく、一刻も早く別れたいというのが船越の本音なんです。でも、松居が知人宅、カプセルホテルなどを転々としているので、申立書が松居の手元に届いていない可能性があります」(同)

 さらに、もう一つ船越が困惑しているのが、自身のパスポートだ。
 「別居先のマンションに保管していましたが、“恐怖のノート”2冊とともに松居に持ち出されてしまったようです。これでは、海外での仕事ができません。松居は“(離婚問題に)絶対勝つ”と闘志をみなぎらせていますが、もし負けたら…。出版関係者の間では“巨乳”松居の還暦ヘアヌードに虎視眈々です」(前出・芸能レポーター)

 ともあれ、松居が命を賭けた一世一代の大勝負。果たして、吉と出るか凶と出るか、けだし見物だ。