東京、銀座から徒歩で約15分。質の高い水産物を中心とした食材が日本中、世界の様々な地域から大量に集められる“築地市場”。ピーク時には、一日あたり3200トン、約30億円相当の食材が取引されるという、日本人の食生活を支える「世界一の魚市場」だ。

 80年もの歴史がある築地市場は、一般の人のための「場外市場」、仕入れのプロが取引を行う「場内市場」に分かれており、場内市場は豊洲へ移転する予定となっている。行政上の問題によって、その計画は停滞を繰り返しているが、いずれにせよ、観光地としても人気があり、TVの取材などでもお馴染みの、築地市場あのままの風景が見られるチャンスは日々少なくなってきている。その貴重な姿、さらには普段は見ることのできない場内の深部を、様々な角度から捉えたドキュメンタリー映画が『築地ワンダーランド』だ。ここでは、その雄弁な映像と興味深い専門化たちの発言など、私自身が感心した部分を書いていくことで、本作の描く本質に迫っていきたい。

 本作は、築地市場に関わる多くの人のインタビュー映像と、市場の様々な風景を切り取った映像によって構成されている。見事な水産物が行き来する、歴史ある築地の風景、そこで働く人々の仕事振りや想い、食材を仕入れにやって来る職人たちのこだわりなど、本作はドキュメンタリーとしても、貴重な記録資料としても、また魚介類へのありがたみを感じる映像としても存在価値がある。私自身もそうだが、本作を観ている最中、モーレツに魚が食べたくなってしまった。家庭で本作を鑑賞するときは、事前に魚料理を用意しておき、食べながら観ることをおすすめする。

 本作に出演している、ハーバード大学教授で文化人類学者のテオドル・ベスター氏は、築地市場について15年の歳月を費やして研究し、本を書いたという。複雑に機能する築地市場の全貌を理解するためには、それほどに膨大な時間、取材を重ねる必要があったのだ。ベスター氏は、「世界の魚市場のなかでも築地はとにかく強烈な場所だ、他に見たことがない」、「仕事における情熱や志が、この市場を特別なものにしている」と、アツく語っている。本作もまた、2014年から16か月の間、600時間にも及ぶ撮影を敢行し、その映像/音声素材を厳選し編集することによって、その複雑な全体像に多角的に光をあてていく。

 個人的には、いままでTV番組などから与えられる漠然としたイメージから、市場の人々は淡々と仕事をこなし日々を堅実に過ごしているのだと思っていた。だが本作を見て、その印象は大きく変わった。ここで紹介される、仲卸会社、仲卸、買出人など、取引を行う市場のプロたちは、刻々と変化する展開に対処しながら、常にハイリスクで刺激的な、情報戦とギャンブルに身を投じており、市場は常にひりひりとした緊張感がみなぎっているのだ。

 この市場の取引の主役となる卸会社、仲卸、買出人といった仕事の内容と、それぞれの関係性という、一般の人が意識しない部分を、本作は、それらプロたち自身の生きた言葉を拾っていくことによって、机上の勉強ではなく、現実的な生きた情報として理解させてくれる。

 仲卸(または、仲買人)と買出人の駆け引き、仲卸の間で品物を融通し合う“仲間買い”……。「仲間」という呼び名で信頼関係を強調する一方で、「騙された者が悪い、ここはプロの世界だ」、「市場は化かし合い、みんなタヌキだから」という証言もあるように、市場のプロの取引というのは、信頼関係と騙し合う関係の両方がブレンドされたものになっている。あたたかなぬくもりとともに、氷の刃のように研ぎ澄まされた空気が、常に築地という場所に漂っているのだ。

 食通から「都内最高峰」と評価される寿司屋「すし匠(しょう)」の職人、中澤圭二氏は、優れた仲買人や仲卸との出会いというのは、自分の人生を左右するほどに重要だと語る。そしてまた、「魚を追うのでなく、人を追う」と言っているように、信頼できる目利きの人物を見つけることが、自分で食材を吟味する以上に重要だと強調する。いい魚を確保することはもちろん、築地市場には、魚を見分ける目において一流の寿司職人の及ばない領域に達するプロもいる。

 本作では、何人もの“マグロの目利き”が登場。季節、獲れる地方、深度、エサの違い、サイズ、部位、コンディションによって、マグロの味が精妙に変化し、さらには漁法の違いも味に影響を及ぼすと解説してくれる。

 目利きのひとりは、「マグロは色と味が比例しない、色の変わりやすいマグロほど美味しいときがある」と言い、寿司にするには、やわらかさと脂のきめの細かさ、融点の低さが決め手であると述べる。また、他の目利きは、「すんなり揚がったマグロは色持ちはいいが、マグロとしての“爆発感”が少ない」と、素人にはよく意味が分からないことを言いだす。そのような領域にまで、プロの感性は先鋭化を果たしているのだ。

 ときに、ややスローモーションで映し出される築地の風景、そして、適切な方法で処理され運ばれていく見事な魚や、雲丹(うに)、海老、貝類などは、ため息がでるように美しく、官能的な印象が与えられる。築地では、本当にいいものには、信じられない値段がつくことがある。だから、各地で水揚げされた食材のなかで最も良い品質のものは、高値がつくことが期待できる築地市場へと運ばれることになるのだ。

 その美しさと品質を長時間保つために、仲卸などのプロは、「活け締め」と「神経抜き」という技を披露する。適切な部位に切り込みを入れて血を抜き、魚の脊髄に細い針を通して神経を壊すことで、身が固まったり血が回らないようにする専門技術である。築地は、このような、鮮度を守るべく極度に洗練されたシステムや技術と知識を持っている。

 ミシュラン史上最高齢の三ツ星を獲得した「すきやばし次郎」の小野二郎氏が、「あそこがなかったら商売が立たない」と、述べるように、最高の料理というものは、料理をする人間だけでなく、食材が流通する間に関わるそれぞれのプロが、職人的な技術を発揮することで、消費者の口に運ばれるということが、よく分かるようになっている。ちなみに、「すきやばし次郎」といえば、アメリカのドキュメンタリー映画『二郎は鮨の夢を見る』でも有名だが、本作の、ときに志向性が強くなる洗練された映像は、その手法に学んでいる部分も多いだろう。

 料理評論家の山本益博氏は、そのような知識や技術は、「“魚を生で食べる”という、日本人の食文化がベースとなっている」と指摘する。築地は日本の食文化の一端を、そのまま表す存在でもあるのだ。いまどんな魚介類が一番美味しいのか、どんな料理法が適しているのか、お客の要望に応えながら、食材だけではなく、そこにまつわる文化そのものを伝えていく役割もある。

 築地市場の原点になったのは、江戸時代に町人の間で賑わっていた、日本橋の魚市場と京橋の青物市場である。それらが関東大震災の被害に遭って、1935年に築地に移転したのだ。本作では、当時の市場施設の着工や、創業時の姿を残したフィルム映像も紹介される。そこに積み上げられてきた80年の歴史、さらに江戸時代から伝わる無形の知識や技が、市場で働く個人個人の中に伝えられている。もしこの人たちが突然にこの世から消えたとしたら、蓄積された膨大な食文化の知識も失われてしまうだろう。

 また同時に、市場は新しい知識を常に蓄積していく。銀座の先進的なフランス料理店「レストラン エスキス」“シェフ・エグゼクティブ”であるリオネル・ベカ氏は、「食材を売ってくれた仲卸人たちのほぼ全員が、僕たちがどんな仕事をしているか理解するため、わざわざ店にまで食べに来てくれた」と語る。そこには時代に順応していく柔軟性もあるのだ。

 “築地”という場所には、人々の熱意と歴史が集約されている。もちろん、それは築地だけに限った話ではなく、多くの魚市場にもいえることでもあるだろう。私は本作を見た後、社会の姿や食文化について、新しい感覚を獲得することができた。そして、“魚を食べる”ということへの認識も、また新たになったように思う。この記事を読んでいるあなたも、本作を鑑賞して、魚の味わいをさらに深くしてもらえればと思う。そして、私と同じように「とにかく魚を食べたい!」という衝動を感じてほしい。(小野寺系)